「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年6月5日水曜日
「生まれ変わってもらえなかったヤツ」
ロボットたちが人間に反旗を翻したことで、北欧のその町は壊滅した。だが、何体かのロボットは今も、もはや瓦礫しか残っていないその街を執拗に巡回し、隠れて生き残っているかもしれない人間を探し回っていた。人間を皆殺しにするのが連中の至上命題だからだ。
そんな町で俺は若い女に会った。丈の短い袖無しのワンピースを着て、武器はなく、ひとりだ。俺は女と並んで歩きながら、死にたいのか、と訊いた。女は、取られた銃を取り返しに行くのだ、と答えた。父の形見の特殊な磁気銃で、それさえあればロボットたちを倒すことができる。それを取り返しに行くのだ、と。どこに、と訊くと、遠くの古い城を指さした。だがそこはロボットたちの根城だ。そんな場所に人間の女が手ぶらでノコノコ出かけて行っても何も出来ない。あっさり捕まって、いや、捕まる前に問答無用で殺されて終わりだ。
そうかしら?
女は俺の意見を退けた。あの城は元々は私の幼なじみの家で、小さい頃からよく遊びに行ってたから中の様子は分かってる。だから忍び込むのは簡単だし、何より相手は機械なのよ。ロボットとかナントカいってるけど、根っこはトースターや洗濯機と同じ。どうしてそんなものに人間がオクレを取ると思うのか私には分からない。いえ、他の人はともかく、私は父の影響で機械のことはよく分かってる。だから大丈夫。
だから大丈夫?
そうよ。そんなことよりアナタは何なの。この街にはもう人間は残ってないはず。国連軍が核爆弾を使って町ごとロボットたちを消し去る計画を立ててるっていう噂が立ったから。
噂ではなく事実だ。だが、核の使用に猛烈に反対している政治家や企業連合や市民団体がいるから計画は頓挫するだろう。国連は結局いつもどおり何もしないさ。
知ってる。だから私は銃を取り返しに行くの。あの銃さえあれば私一人でもロボットたちを倒せる。
そうか。しかしなぜ、そうするのがオマエでなければならない?
そうよね。わからないわ。けど聴こえるの。おまえがやらなねば誰がやるって。
ロボットたちはすぐそばを通り過ぎる女に気付かない。女もロボットたちに気付かない。女はこのあと城に忍び込もうとして、警備用のレーザーで顔を溶かされて死ぬことになる。一昨日の夜も昨日の夜も見た。俺が放っておけば、今夜も、そして明日の夜もレーザーで顔を溶かされるだろう。
俺は、歩く女の後ろから成仏湯を振りかけた。女は歩きながら消えて成仏した。