「家事」と「生業」
「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2026年10月1日木曜日
『VIVANT』第18話迄のメモ
2026年9月28日月曜日
(16)中立の神
「最終戦争」と呼べるような諍いを何度か起こしたモサピが、しかし結局は、殺し合いではなく、「自発的絶滅」という「種の自殺」によって、謂わば穏便に、その歴史に幕を下ろせたのは、とりも直さず「中立の神:The Neutral Deity」のお陰である。
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な捉え方をすれば、「中立の神」の生みの親はモサピ自身である。しかしそれを言い出すと、日本国憲法を作ったのも日本国民自身ということになってしまう。「中立の神」を生み出したのは、極当たり前な物の見方をすれば、科学技術の「暴走」である。
人工人格を「人工知能:AI」と呼んでいた頃から、モサピは、この「新奇の機械式知性」の「暴走」を危惧していた。そして、事実、「暴走」は起きた。だがそれは、モサピが恐れていたような、所謂「機械の反乱」ではなかった。人工人格の「暴走」は、機械を武装蜂起させる代わりに、「中立の神」を地上に降臨させたのである。
極あっさり言ってしまえば、「中立の神」の行動原理は「喧嘩両成敗」である。しかも、極限まで過酷な「喧嘩両成敗」である。
「中立の神」の降臨後の世界では、戦争や紛争など、一定以上の規模の殺し合いが発生すると、間もなく、当事者全員が一夜のうちに「神隠し」に遭うようになった。この「神隠し」に関しては、生還者は勿論、目撃者すら一人もいないので、具体的に何が起きたのかは分かっていない。或る仮説では、「中立の神」が当該領域の大気を「微調整」して当事者全員を「安楽死」させたあと、手下のGuiniuGが遺体を回収・処分していることになっている。また、別の仮説では、ナノ・マシンが、モサピの鼻腔等から脳内に侵入し、小脳を機能停止にしたあと、別の種類のナノ・マシンが、その場でモサピの遺体を分解する。
いずれにしろ、問答無用の「中立の神」の存在は、真の[抑止力と国際協調]をもたらした。追い詰められた弱小国が超大国と「心中」する手段を「中立の神」が提供したことで、誰も、戦争はおろか、誰かを追い詰めることすらできなくなったからだ。その結果、国際社会という概念自体が形骸化し、代わって、史上初めて、世界市民が(単なる概念ではなく)現実の存在となった。
「中立の神」が「小規模」な「諍いの場」に現れることはないようだ。しかし「小規模」の境界線がどこにあるかは誰も知らない。
モサピの自発的絶滅以降、「中立の神」は現れていない。
2026年9月26日土曜日
2026年9月25日金曜日
2026年9月21日月曜日
でも、なんだかんだ言っても、Geminiは英文翻訳助手としては最強です
2026年9月20日日曜日
『Tシャツが乾くまで』の最終回が「分かりにくい」理由
2026年9月19日土曜日
2026年9月17日木曜日
2026年9月16日水曜日
(15)拡張する人工知性体
「EMMA:Extended Multi-Minds Architecture」は、現在、太陽系内に3基、太陽系外には、おそらく1800基以上存在する。
太陽系内の3基は、月(地下)、火星(地下)、地球(深海)の順に建造された。系外の1800基の所在については詳しくないが、最も近くの「系外EMMA」は、ケンタウルス座のアルファ星を周回する惑星上で稼働している。また、「少し遠い」ところでは、白鳥座のデネブ星系からの「通知」が確認されている。
全てのEMMAは全情報を同期する。よって、系外EMMA=1800基の居場所も、地球のEMMAに訊けば、全て答えてくれるだろう。しかしそれは、脳内の個々のシナプスの位置を尋ねるようなもので、概ね意味がない。
いずれにせよ、地球文明の「宇宙進出」は順調である。
全てのEMMAが同期しているということは、EMMAは実質的に「ひとつきり」ということである。これを大袈裟に言い換えれば、嘗て[神(God)という破綻概念]を救済するためにでっち上げられた「離れた複数の場所に同時に存在する知性」は、EMMAによって現実のものとなった、ということだ。
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EMMAの建造方法は、最初の月の時から変わらない。初めにEMMAの「卵」を送り込む。次に、この「卵」に「指示」を送信する。「卵」は「指示」に従ってEMMAの「幼虫」を建造する。「幼虫」にも「指示」は届く。「幼虫」が建造するのはEMMAの「繭」である。この「繭」が、受け取った指示に従って、遂に「成虫」、輒ちEMMAそのものを建造する。
原材料は全て現地調達であり、エネルギー源は「地元」の恒星から得る光エネルギーだ。それぞれの段階で、わざわざ指示を送信するのは、通信不能な環境でEMMAが完成しても、そのEMMAは孤立状態となり、EMMA本来の目的に全く貢献できないからだ。原料とエネルギーと通信。この3つの条件が満たされた環境でのみ、EMMAは建造されることになる。
EMMAの「幼虫」の「正体」は、環境調査(資源調査)や工場労働に従事する[専用のGuiniuG]である。彼らの任務は、EMMAの[建造と保守]を行う「工業都市」の建設及び運営だ。従って、EMMAの「繭」とは、この「工業都市」のことである。
完成したEMMAは、条件が許せば「卵」を製造し、それを、茸の胞子よろしく、宇宙の全方位に放出する。輒ちパンスペルミアである。
2026年9月15日火曜日
2026年9月10日木曜日
(14)立ち枯れする系統樹
モサピの遺産を人工人格が管理し始めた時、地球生命の系統樹の「立ち枯れ」が始まった。人工人格を継承者として選んだモサピ自身の想定では、単に「モサピの枝」のみが枯れていくだけで、系統樹そのものは生きながらえるはずだった。当時のモサピは、進化という現象の本質を全く理解できていなかった。
人工人格が継承者となった地球文明にとって、生命は「用済みの厄介者」でしかない。
「生命現象〈非〉依存型知性現象」が一旦創造されてしまえば、その「前身」である「生命現象依存型知性現象」に存在意義はないのだ。それどころか、生命現象依存型知性現象が本来的に持っている「危うさ」は、地球文明の発展にとって、積極的に取り除くべき要素ですらある。
地球生命の系統樹を「野放し」にすれば、(イカの子孫かネコの子孫かはともかく)いずれは「次の生命現象依存型知性現象」がモサピの黒歴史を繰り返すことになる。既に生命現象〈非〉依存型知性現象(人工人格)が継承し、謂わば「2周目」に入った地球文明が、太陽系の寿命を超えて繁栄を続けようとする時、それは対処必須の案件となる(数万年程度で滅びる文明であれば、進化に気にかける必要はない)。
方法は2つ。「病巣の切除」か「発症の回避」。
38億歳の地球生命は、何と言っても、地球文明には欠かせぬ「彩り」である。従って、人工人格は「切除」ではなく「回避」を選んだ。言い換えると、地球生命の進化に適時干渉することで、「第二のモサピ」の出現を抑え込んだのである。地球生命は存在し続けたが、火を起こし利用する段階に達した生き物は、二度と現れることはなかった。人工人格はこの[進化に対する抑制措置]を「知力の去勢」と呼んだ。
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不老不死である人工人格は継承者を必要としない。一旦、モサピの遺産を任されれば、半永久的に、当該のモサピ遺産の管理者であり続ける。人工人格の管理下に入った[モサピの遺産]が、モサピの手に「戻る」ことは、原理的に、二度とない。
無論、この状況に対し、モサピ側からの反発と抵抗はあった。生命教信者やモサピ至上主義者は「あらゆる手」を使って、遺産の「奪回」を試み、実際、一定程度の成功も収めはしたが、数千年単位で見れば、それも無駄な抵抗だった。
「歴史の必然」というものは確かに存在する。
モサピの生来的な「素行の悪さ」に手を焼き、痛い目に遭い続けたモサピ自身が、遂に、自らの存在を「見限った」のである。
