∈μυτΘς∂∋:「家事」と「生業」
「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2026年4月3日金曜日
2026年3月23日月曜日
2026年3月19日木曜日
2026年3月17日火曜日
2026年3月15日日曜日
2026年3月7日土曜日
2026年3月6日金曜日
『あのときキスしておけば』全8話:メモ
『あのときキスしておけば』(全8話)を完走した(TVer)。大石静脚本らしく、(「成長」前の「ももち」以外の)全ての登場人物たちが、悉く「察しのいい」人間で、気持ちよく、愉しく鑑賞した。但しそれも最終回の「結婚式」まで。麻生久美子のナレーションで語られる「1年後」が始まると、それまでの「全て」がガラガラと崩れ落ちて行った。なので、「1年後」は観なかったことにする。
追記:
*どう考えても「1年後」は余計。余計というのは「あってもなくてもいい」ではなく、「あれで全部台無し」という意味。『Blade Runner』の「デッカードとレイチェルを乗せた車が、森の中を走っている場面」より酷い。それで、ふと思ったのが、蟹釜ジョーが週刊漫画の作者だということ。週刊漫画といえば「少年ジャンプ」。「少年ジャンプ」といえば、金にならない名作を、稼げる駄作にすることにかけては、右に出る者がいない漫画雑誌。その手法は「終わってるはずの物語を強引に続けさせる」こと。『あのときキスしておけば』も、「結婚式」で終わっていれば「名作」だったのを、敢えて余計な続きを描いて、「ダラダラ続けたダメな人気週刊漫画」的なものとして完成させたのだろうか?(いや、まさか)。
*「あれで全部台無し」についての補足。[あの世(死後の世界)は、この世(生者の世界)と特に変わったことのない世界(単に「場所」を移動しただけ)]という設定を取り込んでしまった物語は、生者がこの世で繰り広げる様々な「人生模様」が全て茶番になってしまう。例えば、子との死別、恋人との死別、不治の病の恐怖、戦争の恐ろしさ、若くして死ぬこと、道半ばで死ぬこと、その何もかもが、定期検診に連れて行かれる猫がキャリーバッグの中でこの世の終わりとばかりにギャーギャー鳴き喚いているのと実質的に同じになってしまう。輒ち、無知ゆえの空騒ぎ。広い意味での「夢オチ」。
(2026年3月6日)穴藤
追記2:
*「結婚式」迄は「名作」だった理由は、人間の本質は知性現象だということを、絶対の自信を持って描ききっているから。もっと具体的に言えば、【物理現象や生命現象としては紛れもなく「田中マサオ」でしかない存在であっても、それが実現している知性現象が「唯月巴(蟹釜ジョー)」なら、彼女の[恋人や元夫や母親]は、それを目の当たりした「途端」、それが自分の[恋人や元妻や娘]だと確信するし、逆に、田中マサオの妻や子供は、それが自分の[夫や父親]ではないことに「最初から」気付く】ということを、ブレなく描いているから(当初、田中マサオの息子以外全員が「憑依」を否定するが、実は、最初に「巴よ!」と言われた瞬間に、みんな、「え、ホントかも?」という顔に一瞬なる。しかし、すぐさま「そんな馬鹿な、あり得ない」と心のなかで否定する)。▼「結局、人間ってなんなのさ?」という大問題に対する「正解」が、第8話の「結婚式」まで描かれ続ける。しかし、生身の人間の知性現象は、「永遠の命」や「不死」を都合よく言い換えただけの「幽霊」や「死後の魂」とは全く違う。消滅する(「死ぬ」と言い換えてもいいけど)のが、生身の人間の知性現象(別に「魂」と呼んでも構わないけど)。しかし、「1年後」以降はそれを全否定して、軽薄な幽霊話にしてしまった。
(2026年3月7日)穴藤
2026年3月2日月曜日
『探偵さん、リュック開いてますよ』最終話:メモ:ホットパンツマスター
最終話(第8話)の目玉は、何と言っても、オダギリジョー演じるホットパンツマスター(「有線です」)。輒ち、洋輔が、故障したジェットパックを修理してもらう、山の中の喫茶店の短パン店主(「生協です」)だ。我々にとってこのドラマは、沖田修一版「Twin Peaks」なので、最終回で登場したあの場所は、紛れもなく「Black Lodge」(洋輔の発明品をあっさり修理してしまう「超越的な存在」がいる場所)。だから、たとえ洋輔があとでもう一度訪ねようとしても、普通に探していては決して見つけだすことはできないだろう(正確な座標と正確な時刻が要る)。
「Twin Peaks」の流れで言えば、村雨辰剛演じる元FBIの板長の苗字が「Maclachlan」なのは、むしろ当然のこと。
春堂さんがすっかり元気になったのは、各話にまたがって、地球外生物が原料の「フワフワ」を食べ続けていたオカゲなので、すっかり体調を崩している[部下の刑事]も「フワフワ」を食べるとよい。
村松利史で始まりオダギリジョーで終わるあたり、同枠の大先輩『時効警察』への敬意を感じた。
探偵さんのリュックを「閉めた人」と「閉めなかった人」の「違い」は、まだよく掴めていない。
追記:
久しぶりに帰ってきた[洋輔の母親]に「フランケンシュタインの怪物」のマスクを被せたのは、「外国人」「侍」「女将さん」と次々登場する「想定外」に対して母親がどんな反応(表情)をしているかを、視聴者に「想像」させるためだろう。怪物のマスクの下に、その場で一番面食らった顔がある、と想像するのは面白い。(2026年3月14日)
2026年3月1日日曜日
2026年2月24日火曜日
2026年2月22日日曜日
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