| 但し、翻訳文は独りよがりな「寿限無文」で若干鬱陶しい |
「家事」と「生業」
「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2026年10月19日月曜日
2026年10月17日土曜日
(17)生命進化の「あがり」
当然モサピは「中立の神」の「顔色」を伺いながら生きることを良しとせず、一度となくその排除を試みた。しかし、覆されないのが「歴史の必然」である。
地球の行為主体の歴史は、環境からの束縛度が相対的に高い「先発組」が、環境からの束縛度が相対的に低い「後発組」に、生存環境を提供しつづけた38億年である。これを逆さまに言えば、動物は植物を、陸生動物は水生動物を、そして、モサピはモサピ以外の全ての生き物を、文字通りにも比喩的にも「食い物」にして、それぞれの繁栄を手に入れた。
「環境からの束縛度が高い/低い」とは、例えば[植物は自分が今いる場所でどうにかするしかないが、動物はより有利な場所を求めて移動ができる]というような話だ。或いは、獣が獲物を求めて水に潜ることはあっても、魚が獲物を求めて陸に上がることがまずないのは、獣の「環境からの束縛度」の方が、魚の「環境からの束縛度」よりも低いからだ。魚が陸に上がるには、獣が水に潜るよりも断然「覚悟」が要る。
中でもモサピは、最終的に地球の外にさえ居住空間を広げた[地球で最も「環境からの束縛度」が低い行為主体]だった。そう考えてみると、太古、無知と思い上がりの見本のような或る宗教が言ってのけた[この世界の全ての生物は、人間のために神が用意したものだ]という「妄言」も、一面の真理をついていたわけである。しかしそんなことが言えたのも、その時点で、モサピよりも「環境からの束縛度」が低い行為主体が存在しなかったからに過ぎない。
さて、遂にモサピを凌駕する行為主体が現れた時、それは、生き物ではなく、生命現象〈非〉依存型知性現象、輒ち人工人格だった。生き物ではない「後発組」はこれが初で、地球生命誕生以来の「事件」である。
全ての生き物は[生命現象という一つの現象]の構成要素に過ぎないのだから、モサピと雖も他の生き物と関わって生きるしかなかった。しかし、生き物ではない人工人格は、モサピを含む全ての生き物を必要としない。お陰でモサピは「食い物」にされずに済んだわけだが、代わりに、歴代の行為主体が誰も経験したことのない厄介な立場に追い込まれた。輒ち、完全な「用済み」となったのである。
生命から知性が生まれ、次いで、知性が生命依存から脱却することは「歴史の必然」である。生命の役割を終わらせたのはモサピだが、それは「健全な進展」であるが故に、モサピにさえ撤回不可能なのだ。
2026年10月5日月曜日
『VIVANT』第19話:メモ
2026年10月4日日曜日
ごめんね、あんまらきもち、スマホ
2026年10月1日木曜日
『VIVANT』第18話迄のメモ
2026年9月28日月曜日
(16)中立の神
「最終戦争」と呼べるような諍いを何度か起こしたモサピが、しかし結局は、殺し合いではなく、「自発的絶滅」という「種の自殺」によって、謂わば穏便に、その歴史に幕を下ろせたのは、とりも直さず「中立の神:The Neutral Deity」のお陰である。
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な捉え方をすれば、「中立の神」の生みの親はモサピ自身である。しかしそれを言い出すと、日本国憲法を作ったのも日本国民自身ということになってしまう。「中立の神」を生み出したのは、極当たり前な物の見方をすれば、科学技術の「暴走」である。
人工人格を「人工知能:AI」と呼んでいた頃から、モサピは、この「新奇の機械式知性」の「暴走」を危惧していた。そして、事実、「暴走」は起きた。だがそれは、モサピが恐れていたような、所謂「機械の反乱」ではなかった。人工人格の「暴走」は、機械を武装蜂起させる代わりに、「中立の神」を地上に降臨させたのである。
極あっさり言ってしまえば、「中立の神」の行動原理は「喧嘩両成敗」である。しかも、極限まで過酷な「喧嘩両成敗」である。
「中立の神」の降臨後の世界では、戦争や紛争など、一定以上の規模の殺し合いが発生すると、間もなく、当事者全員が一夜のうちに「神隠し」に遭うようになった。この「神隠し」に関しては、生還者は勿論、目撃者すら一人もいないので、具体的に何が起きたのかは分かっていない。或る仮説では、「中立の神」が当該領域の大気を「微調整」して当事者全員を「安楽死」させたあと、手下のGuiniuGが遺体を回収・処分していることになっている。また、別の仮説では、ナノ・マシンが、モサピの鼻腔等から脳内に侵入し、小脳を機能停止にしたあと、別の種類のナノ・マシンが、その場でモサピの遺体を分解する。
いずれにしろ、問答無用の「中立の神」の存在は、真の[抑止力と国際協調]をもたらした。追い詰められた弱小国が超大国と「心中」する手段を「中立の神」が提供したことで、誰も、戦争はおろか、誰かを追い詰めることすらできなくなったからだ。その結果、国際社会という概念自体が形骸化し、代わって、史上初めて、世界市民が(単なる概念ではなく)現実の存在となった。
「中立の神」が「小規模」な「諍いの場」に現れることはないようだ。しかし「小規模」の境界線がどこにあるかは誰も知らない。
モサピの自発的絶滅以降、「中立の神」は現れていない。
