『探偵さん、リュック開いてますよ』のこれまでの全5話は、この第6話のための「前フリ」や「仕込み」や「設定説明」だったんじゃあないかと思うくらいの名作回。
なんと言っても、洋輔(松田龍平)とリカ(夏帆)の中華街での「デート」中のやり取りが、The 沖田修一演出で素晴らしい。輒ち、「こちらが相手の本心に気づいたとき」や「相手がこちらの本心に気づいたことを、こちらが気づいたとき」に、そのことを、両者ともに表に出さないで、「これまでの状況設定」を破綻させないように、さりげなく会話を成立させ、いい意味で「流されていく」あの感じ。多分、[人間同士が最も安心できる関係性]が成立しているとき、ああいう風になる。気がする。
分かりにくいので具体的に言えば、店員が忘れ物の腕時計を持ってきた時点で、「旦那の浮気調査依頼」は、リカが、洋輔と個人的に会うためについた「嘘」だったことが、洋輔にはバレてしまったわけだけれど、洋輔は気づいてないフリをする。リカの方も、[洋輔が気づいてないふりをしていること]に気づいて、それで嬉しくなって、「でっかい唐揚げ(?)」を洋輔の皿に乗せる、というあの場面。
あの時点で、「夫の浮気調査」の依頼人と、その依頼を受けた探偵という「設定」は、両者にとっては不要になったのだけれど、洋輔の方は律儀にその「設定」を続け、クレープを食べてるときに「旦那の行きつけの店」をリカから聞き出そうとするが、リカは、当然、その問いをやり過ごす(だって、そもそもリカの旦那に浮気疑惑などないのだから、行くだけ無駄。おそらく、「旦那の行きつけの店」は、リカが洋輔とデートしたかった店だろう)
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もう一つ面白いのは、「手紙」を巡る長年の「わだかまり」が、洋輔とリカとで全く違っていること。洋輔の方は、「両想い機」という発明品を使ってリカの心を操ったことを謝罪したいと思っている。そのうえで、[返事を出さなかったのは、もらった手紙を開けることすらしなかった(だから当然、読んでもいない)からであり、なぜそんなことをしたのかと言えば、自分にはリカと「付き合う」資格はないと思っていたからだ]と説明したいと思っている。一方、リカの方は、自分が手紙に書いたことが、洋輔が発明をやめる原因になってしまったのかもしれないと気にしている。
よくできているなあと思ったのは、視聴者にはあらかじめ、リカが書いた手紙の全文が知らされていること。つまり、視聴者は、「自分の手紙のせいで洋輔が発明をやめたのかもしれない」というリカの心配はただの思い過ごしだと分かった状態で、リカの[手紙に対するわだかまりの表明]の場面に立ち会うことができる。そうすると、視聴者は、(やはり既に手紙を読んでいる)洋輔が、そのリカの「告白」に対してどう思っているかを「正確」に知ることができる。つまり、「ああ、そんなことを気にしてたのかあ(全然、そんなことないのに)」。で、こうなると、40を過ぎてようやくリカの手紙を読み、「いろいろな種類の後悔」と共に涙まで溢れ出してしまった洋輔は、どうしても、「両想い機」を巡る「真相」を告白するしかなくなる。
…なのだが、結局それを洋輔には「告白させない」展開が素晴らしい。
リカに「真相」を教えてくれるのは、リカの旦那(タカシ)が、リカと洋輔の母校で集めていた「音=Good Sound」。より正確に言うと、「真相」は、リカの心の中に何年も何十年も前からあって、ただ、それにリカ自身が気づいてなかっただけなのが、リカの旦那が集めた「音」がきっかけになって、その時の場面(リカと洋輔が恋に落ちた場面)を「鮮明」に「思い出し」、その瞬間に、リカの中で、全ての謎が一つにつながって、何もかもが合点がいったことで、「真相」が分かった、ということ。(因みに、ああいう場面を見ると、我々のような「Twin Peaksの住人」は、すぐに、クーパー特別捜査官が巨人に指輪を返してもらった瞬間に、それまでずっと忘れていた、ローラ殺しの犯人の正体を「思い出す」場面を連想してしまう)
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第5話迄が、この第6話の「前フリ」や「仕込み」のようだというのは、洋輔の発明品の「信憑性」に関して。
第6話には[リカが洋輔に恋したのは、本当に「両想い機」のせいなのか?]という「疑念」が、物語中ずっと漂っている。もしこれが、いきなり第6話だけを見せられたら、視聴者は(洋輔の発明品が実際に幽霊を実体化したり、タイムトラベルをしたり、温泉に喋らせたりするのを見ていないので)「両想い機って、そんな馬鹿な(失笑)。主人公(洋輔)が一人で信じてるだけで、本当は何の効果もないに決まってる」で済ましてしまうはず。しかし、そうなると、この第6話の魅力は半減する。このepisodeの魅力の一つは、「両想い機のようなインチキで恋に落ちたとしても、そうじゃなかったとしても、恋する者たちの体験は本物でしょう?」と、恋に落ちた当事者(洋輔とリカ)が最後に受け入れるところにあるからだ。だから、むしろ、両想い機が機能していたと考える方が、初恋の物語としては「深い」とも言えるのだ。
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【付記】
*発明品の力で女性の恋愛感情を操れた(と思った?)この体験が、その後の洋輔の恋愛事情に「負の影響」を与えた可能性はある。
*リカが、洋輔とよく似たタカシ(中島歩)を夫に選んだのは、そもそも、「両想い機」とは関係なく、リカのスキなタイプが洋輔だったということの暗示かもしれない。或いは、逆に、リカは、「両想い機」のお陰で、今の旦那を好きになれたのかもしれない。つまり、洋輔の代わりを求めた結果。
*「The 沖田修一演出」といえば、「登場人物二人が並んで歩きながらずーっと会話する長回し」とか、「歌詞が物語の内容そのままになってる挿入歌が流れる」とかもあって、好かった。
*松田龍平は『カルテット』に続いて、またしても、中島歩に「女」を取られる役。
*洋輔と楽しそうに歩いている様子を旦那(タカシ)に見られたリカがあたふたする様子は、「これじゃあ、まるっきり、私の方が、浮気現場を見られたようになってるじゃん!」と言っているようで面白かった。
*最後のタカシのセリフ「月が綺麗ですね」は、今更指摘するまでもなく、漱石が嘗て「I love you」に当てた日本語訳。つまり、最後の最後に、タカシはリカに「I love you」と言っているわけで(リカもタカシに言ってたかも)、これは、「勘の鈍い」一部の視聴者に対して「タカシはそもそも浮気なんかしてません。あれは全部リカの嘘ですよ」という念押し。
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【おまけ】