2025年9月26日金曜日

NHKドラマ『母の待つ里』(全4話):メモ

*葬式に駆けつけた4人の「子供」(利用者)のうち、松永(中井貴一)だけが、藤原ちよさんの「正体」を知らされない展開になるのは、彼だけが自身の抱える「寂しさ」に対して「無自覚」だから。

*自身が抱える「寂しさ」を受け入れた古賀(松嶋菜々子)や室田(佐々木蔵之介)は、無事、「ちよ教」に「入信」し「出家」できた。しかし、「成功者」として「充実」した人生を送っている(と思い込んでいる)松永は「俗世」を捨てられず、都会に戻ることを選ぶ。

*新幹線を待っているときに届いた秘書からのメールを見て初めて、「俺はこの女の居る場所には帰りたくはないのだ」と気づいた松永は村に引き返すが、バスの運転手に行き先を確認されたところで、「母の待つ里」は既に存在しないことを思い出す。

*松永はバスの中で、行くべき場所がない存在になってしまった自分自身を笑う。

*松永がポケットに入れて持って帰ってきた「折りかけの折り鶴」は、「ちよ教」の信者になり損なった松永の象徴。

*ちよさんが松永に語って聞かせる昔話の元ネタは『遠野物語』の「寒戸の婆」?

*ちよさんの「迫真の演技」の理由は、ちよさんが、事実、[深い後悔を抱えこんで、子供の帰りを待ちわびている老母]だったから。

*カード会社の受付け嬢の「画」は要らない。

2025年9月18日木曜日

21世紀版の「生類憐みの令」か?

今、日本やルーマニアで起きている「熊騒動」の背後には、21世紀版の「生類憐みの令」の影がちらつく。軒下にスズメバチが巣を作れば、問答無用で駆除するクセに、ヒグマやツキノワグマが相手になると、途端に動きが鈍るのは、やっぱり、21世紀版の「生類憐みの令」が祟っているからとしか思えない。もっと死人が必要なのか?