2022年2月3日木曜日

自殺法

〜自殺法


自殺法が制定されるということは、公式に当局が、そして社会が、自殺を認めるということ。科学に基づく、然るべき方法を用いて、然るべき施設で、ちょうど、歯医者で虫歯を抜くのと同じ「正しさ」と「公然さ」で、自殺処置が施される。


自殺法が導入された当初は希望者が殺到するかもしれないが、そのうち落ち着く。いつでも死ねると分かれば、「今でなくてもいい」と考える人間は増える。定額見放題の映画をなかなか観ないのと同じ心理だ。


自殺法導入のもう一つの利点は、自殺志願者それぞれが迷惑な場所で勝手に死ぬことが激減するので、「もらい事故」的な被害が減ること。屋上から飛び降りた失恋男の真下を歩いていたとか、隣室のガス自殺の爆発に巻き込まれるとか、死刑になりたい人殺しの被害者になるとか、そういうことが減る。減るというか、実質、なくなるだろう。再び歯医者に喩えれば、現代の文明社会で、虫歯をどうにかしたい殆ど全ての歯痛患者は、自前でペンチと焼酎と強い心を用意するのではなく、迷わず歯医者に駆け込む。

(『人間の終わり』より抜粋)