2023年3月27日月曜日

「歴史再発見/古代中国の日常生活」:メモ

「NHK R1 カルチャーラジオ/歴史再発見/古代中国の日常生活」を「らじる★らじる」でオモシロク聞いている。でも、第11回「官吏と貴人の生活」で、ちょっと引っかかった。

それは、「竹林の七賢」の一人、嵆康けいこうが、友人宛の手紙に書いた「彼が働かない理由」のクダリ。友人に「竹林で酒飲んでいてもお前が貴族だから食っていけるけど、そういうの良くない、働け」と言われた嵆康が反論して書いた内容。

柿沼教授曰く「政治闘争に巻き込まれるのが嫌いだと言えばいいのに…彼は率直に自分の意見を述べた」

①朝起きられない
②自由にハイキングとか遠足に行けないから嫌
③役人同士で書類や手紙をやり取りするのがかなりめんどくさい
④他人の葬式とかに出たくない
⑤ガヤガヤしてるのが嫌い
⑥細かい雑事が嫌い
⑦自分は軽率強情で他人と折り合えないから無理

嵆康はこの手紙の内容をリークされ、「人生なめすぎてる」という理由で、時の総理大臣によって処刑された。輒ち、殺された。

それはいい。引っかかったのは、この手紙の内容に対する柿沼教授の評価(というか言い草)。発言通りに書けば…

「僕が何を言いたいのかと言うと、この手紙の内容のどうしようもなさですよね。今の、学校に行きたくない子供のような意見を言ってますが、それだけ、つまり、経済に余裕があるんですよ…あの、嵆康さんは。だから、貴族と一般人の生活というのを混同してはマズくて…」

これは、古代中国の貴族と庶民の経済格差を示す文脈で話されたこと。だから、その「経済格差」を強調するために、「お前そんな理由(その程度のこと)で働かないのか!」のニュアンスで、「この手紙の内容のどうしようもなさ」と言ったのだろうけど、強調目的という理由を取っ払って、どうしようもないか、どうしようもなくないかで考えれば、全然、どうしようもなくはない。そこに引っかかって、結局、その箇所を4回も聞き直してしまった。

なんであれ、働かなくていい境遇なら、①〜⑦まで全てが「真っ当な理由」「尤もな理由」。これは、全人類が最終的な到達を目指している境遇でもある。そんな理想の境遇に、様々なめぐり合わせで、チート的、あるいは当座的に到達できた人たちがいるなら、その人達は、例えば、「他人の葬式に出たくない」から働かない、で、全然かまわない。

働かなくていい境遇なのに働かなければならないと思い込んだり、働かなくていい境遇にある他人に対して働くことを強要したりするのは、ただの「勤労教」信者。

とは言え、「人工自然の恵み」を享受できるようになるまでは、圧倒的多数が、まだまだ働かざるを得ないから、「勤労教」の異様さや弊害を人類全体が認識するのは、まだ当分先のことになるだろう。

2023年3月24日金曜日

手仕事20230324


 

 【英語無手勝流】『刑務所の中』(崔洋一監督)をもう10周くらいしてるんだけど、今日観てて、英語のタイトルが出ているのに気づいた。曰く、「Doing Time」。時間を過ごす? 調べてみたら、「刑務所暮らし」の婉曲表現だった。

2023年3月21日火曜日

NHK「ニュー試」:メモ

 ケンブリッジ大学の入学試験を題材にしたNHKの番組『ニュー試』を見始めたら、一番最初の問題でいきなりイラッとした。答えが②だったからじゃなく(そんなのすぐ分かる)、出演者と番組(と、もしかしたらケンブリッジも?)の用意した解説が回りくどくて。



【問1】
AとBの中身がわからない箱が2つあります。
1人は本当のことしか言わず、もう1人はウソしか言いませんが
どちらがウソつきかは分かりません。
1人は「Aの箱には景品が入っていて、Bの箱は空」
もう1人は「1つの箱には景品が入っていて、もう1つは空」
景品が入っているのはどの箱?
①Aの箱 ②Bの箱 ③両方 ④どちらでもない ⑤情報が足りない

(NHK)


なんで、こんな問題で、わざわざ、あんなふうに面倒臭く考えるんだろう?
◯とか✗とか書いて表にしたりして。

正直者が一人目でも二人目でも、両者が共通して言っていることがある。輒ち、「一つの箱には景品が入っていて、もう一つの箱は空」。正直者がどちらの人間か分からなくても、二人共が言ってるのだから、これは事実。

で、ウソつきは必ずウソをつく(事実に反することを言う)のだから、絶対に「1つの箱には景品が入っていて、もう1つは空」とは言わない。だから、ウソつきは、余計な情報(この部分でウソをつくため)の「Aの箱」とか「Bの箱」とか言ってる一人目で、だから、そいつが言ってる逆の、②「Bの箱」に景品が入っていることになる。

と、くどくどと書いたけど、問題文を読めば、すぐに、「1つの箱に景品、もう1つの箱は空」が「事実」で、二人目は、その「事実」通りを言っているのだからウソつきじゃないと分かる。というか、フツウに読めば、そう書いてある。

因みに、番組が用意した解説は…

一人目が正直者だとしたら、二人目のウソつきで、二人目の話したウソは、「両方の箱に景品がある」か「両方の箱が空」のどちらかの「事実」に対するウソになる。これらはどちらも、一人目の言う「一つの箱(A)に景品、もう一つの箱(B)は空(景品の総数は1)」という「事実」と矛盾するので、「一人目が正直、二人目がウソつき」のパターンは成立しない。

逆に、二人目が正直者なら、箱のAB指定はなく、単に「一方の箱に景品、他方の箱は空」と言っているだけなので、一人目のウソ(「Aの箱に景品、Bの箱が空」)の元になった「事実」(「Aの箱が空、Bの箱に景品」)も成立する。だから、二人目が正直者、一人目がウソつきということになり、答えは、②「Bの箱」になる

…てな感じ。

妙に込み入ってて、アタマ良さげみえるけど、簡単なことをわざわざ難しく考えてるだけとしか思えない。こんなことになった一番の理由は、どちらが正直者であっても変わらない情報が述べられていること(輒ち、事実の漏洩)に気づかなかったからだろう。二人目の「1つの箱には景品が入っていて、もう1つは空」という証言に与えられた「役割(正体)」に気づかず、ただの可能性要素として扱ってしまったのだね。

2023年3月7日火曜日

日本は、宇宙より、深海底だと思うなあ

日本は、「宇宙」よりも「深海底」にチカラを入れるべきだと思うよ。

インターネットだって、別にアトから乗せてもらっただけ。それで充分、便利に使わせてもらってる。高額なのに不具合の出やすい初期型を敢えて購入していた昔のApple信者みたいなことを、「宇宙」でやらなくていいと思う。

日本がヤルなら断然、深海底!!

岡田斗司夫の『ガンダム講座:再会、シャアとセイラ』を愉しく観た。

しかし!バロムは初登場ではないゾ。

もうギリギリなのかも。

2023年3月5日日曜日

『still dark』:メモ

 監督は高橋雄祐という知らない人。prime videoで観た。たった40分の映画だけど、すごく好かった。

”料理人を志す盲目の青年ユウキは、とあるレストランのナポリタンに心を奪われる。見習いとして働き始めたユウキは先輩アルバイトのケンタや料理長と心を通わせながら夢と向き合う。”

prime videoの説明文

(以下ネタバレありますよ)

そう。盲目で料理人修行…って、何? 無理でしょ、と。だから、展開も結末もまったく読めなくて、どうするんだろうと思っていたら、本当にそのままで、面食らった。が、観続けていると、実は、そのまま(=料理人志望の若者がたまたま盲目なだけですけど、なにか?という態度)だからこそイイのだ、と教えられる。で、主人公が盲目であることは、まあ、一つの個性みたいに思えてくる。で、結局、映画の殆どを占める、24歳頃の「あの感じ」「あの匂い」の描写の方に、「身に覚え」がある人は全員「共鳴」して、「これは私にしか分からないんじゃないかなあ」系の感動を覚えてしまう。というカラクリに、してヤラれる(絶賛してます)。

あと、ケンタと料理長が、あんな見た目と雰囲気だけど、イイんだよなあ。

もうひとつ、最後にユウキが持っていた封筒の中身は履歴書だよね。つまり、最終テストで「パセリを乗せ忘れ」たユウキが、再チャレンジにやってきたのでしょうな。ユウキが「パセリを乗せ忘れた」ことを、ケンタも料理長もすごく残念がっていたし、ふたりともユウキが作ったナポリタンをガツガツ食ってたからね。

そう言えば、24歳くらいのときに、自分が「ここだ!」と思うところに飛び込んで、若い馬力に任せてがむしゃらに仕事を覚えていくときの「あの感じ」は、今思い返してみれば、ナルホド、真っ暗な中を手探りで進んでいく感覚に似ている。タイトルの「still dark」は、だから、主人公が「盲目」であることと、その「若さに任せて真っ暗な中を進んでいく感覚」の二重の意味を表している。のかもしれない。 

2023年3月3日金曜日

今日の猫さん(20230303)





 

『警視庁アウトサイダー』:メモ/最終回まで観た



『警視庁アウトサイダー』の最終回をオモシロく観た。

(以下、ネタバレを含みます)

真相を、「サイコパス」や「狂信者」や「度外れな小心者」に「逃げなかった」ところが好かった。

最終回まで観ると、例えば、途中の回で、愛之助(のキャラ)がすごい剣幕で部下に掴みかかっていた(「俺はヤクザが大嫌いなんだよ!」)理由も、斎藤工(のキャラ)が妙に冷静沈着(というか冷淡)に見える理由も、ちゃんと筋が通っている。筋が通っているというのは、実はこのキャラは「サイコパス」でした、「狂信者」でした、「人並み外れた小心者」でした式の、ストーリー展開のためだけの歪いびつな人物造形をやってないということ。最初からずっとアカラサマに仄めかされていた「斎藤工が真犯人だよね?」が、ミスリードではなく、マジリードだったら、愛之助も斎藤工も、最後に「サイコパス」か「狂信者」か「度外れな小心者」の「本性」を晒すしかない展開になって嫌だなあ(見る甲斐がないなあ)と思っていたのだけれど、そうはならなくて嬉しかった。

主人公側の人間たちも、「敵」側の人間たちも、価値の重み付けに差異があるだけで、全員フツウの「善良」な人々になっていて好感。もうちょっと付け足せば、主要な登場人物たちは、全員、いざとなれば、キチンと「メタ認知・メタ思考」できる人たちなので、愛之助は新・エース(名前忘れた)に素直に逮捕されるし、濱田岳は斎藤工に10年分の恨み節をぶちまけたあとで、ブレーキベタ踏みで「です・ます」調に戻ることができる。

もう一つ。被害者(チカさん)は犯人に「余計な」一言を言ってしまったがために、犯人を「その気」にさせてしまい(私にだってやれる的な)、結果、命を落とすことになったわけだけど、チカさんの〔置かれた状況・人生展開〕なら、まあ、言うよね、言っちゃうよね、言わなくてもいいと自分でも分かっているのに、どうしても、あれは言いたくなるよねえ、と、視聴者に分からせるように描かれていたのも好かった。人間は、あまりに自分と違う立場の人間と「対立」関係になると、「価値の転倒」をやりたくなるんだよね。

追記:このドラマの愛之助や斎藤工のキャラは、『逆シャア』のシャアや『Twin Peaks The Return』のMr. C(悪いCooper)の系譜。

2023年3月1日水曜日

地球の総人口の半数がいる診療所

オンボロロボットたちが「暮らす」街から、カエルの運転する路線バスに乗って、海沿いを20分ほど移動したら、Hollow Wharfという漁村に着いた。

本当に200万年後に居るのか心配になるほどの見覚えのある漁村の風景だが、「現在(200万年前)」ではないのは間違いない。目に入ってくる小道具がいろいろと古いのだ。公衆電話ボックス(ダイヤル式)とか、タバコの自動販売機とか、軒下のテーブル型ビデオゲーム筐体とか(白黒画面を覗いてみると、ドット絵の戦艦大和的なものが宇宙空間で自機に燃料を補給している)。

そんなことより。

「学校」で聞いたところでは、「今」の地球の総人口は13人のはずなのに、Hollow Wharf村の診療所の待合室だけで既に5人いる(全員年寄り)。診療所には医者と受付係もいるので、このままでは、地球の総人口の半数がこの漁村の平屋の診療所に集結していることになる。

色々と騙されているのかも知れない。その一方で、知らないはずのことも色々と知っている。それも含めて、色々と騙されているのかもしれないが、これが語り手の全能性というものか、とも思う。

受付の女性は医者のひとり娘だが、子供の時の事故で舌が後ろ半分しかない。つまり、受付係なのに、何を言ってるのか、よく分からない(慣れると分かるらしい)。親知らずを抜いた直後は(麻酔のせいで)みんなそうなるが、この女性は、ずっとそうなのだ。こぼさないようによだれをすすりながら一生懸命に話してくれるが、やっぱり分からない。で、顔を見合わせて、二人でハハハと笑ったら、諦めて、紙に書いてくれた。

「今日はどうしましたか?」

なんだ、そんなことを言ってたのか。

体温計を脇に挟んで待合室のベンチに座っていると、隣の老人(あとで聞いたら58歳だった。「昔」の人は老けて見えたのだ)が話しかけてきた。

「人はみんな死ぬでしょう。寿命というものがあるでしょう。人間の寿命を80年だとすると、60歳になってときには、あと20年ってことでしょう。そしたら、今20歳で、これから0歳まで時間を遡っていくんだ、と想像するのですよ。そうするとですね、最後の3年くらいは、もう、人間としてマトモな活動はできそうもないな、と分かるでしょう。だって、3歳児と2歳児と1歳児ですから。いや。そもそも、最後の7年くらいは、もう、ユメウツツでしょう。自分の7歳くらいまでのことを思い出してごらんなさい。ユメウツツだったでしょ? 何がなんだかわからないまま、とにかく、生きてたんですから。すると、覚悟とか準備とか心づもりとかがね、ちょっと、具体的になりやあしませんか」

順番が来た老人(58歳)は話しっぱなしで診察室に消えてしまって、残された方は今ごろベンチが硬すぎることに気づいた。尻骨の存在を知る硬さ

思い出して体温計を出したら、38度5分もあって、ギョッとした。