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2023年3月1日水曜日

地球の総人口の半数がいる診療所

オンボロロボットたちが「暮らす」街から、カエルの運転する路線バスに乗って、海沿いを20分ほど移動したら、Hollow Wharfという漁村に着いた。

本当に200万年後に居るのか心配になるほどの見覚えのある漁村の風景だが、「現在(200万年前)」ではないのは間違いない。目に入ってくる小道具がいろいろと古いのだ。公衆電話ボックス(ダイヤル式)とか、タバコの自動販売機とか、軒下のテーブル型ビデオゲーム筐体とか(白黒画面を覗いてみると、ドット絵の戦艦大和的なものが宇宙空間で自機に燃料を補給している)。

そんなことより。

「学校」で聞いたところでは、「今」の地球の総人口は13人のはずなのに、Hollow Wharf村の診療所の待合室だけで既に5人いる(全員年寄り)。診療所には医者と受付係もいるので、このままでは、地球の総人口の半数がこの漁村の平屋の診療所に集結していることになる。

色々と騙されているのかも知れない。その一方で、知らないはずのことも色々と知っている。それも含めて、色々と騙されているのかもしれないが、これが語り手の全能性というものか、とも思う。

受付の女性は医者のひとり娘だが、子供の時の事故で舌が後ろ半分しかない。つまり、受付係なのに、何を言ってるのか、よく分からない(慣れると分かるらしい)。親知らずを抜いた直後は(麻酔のせいで)みんなそうなるが、この女性は、ずっとそうなのだ。こぼさないようによだれをすすりながら一生懸命に話してくれるが、やっぱり分からない。で、顔を見合わせて、二人でハハハと笑ったら、諦めて、紙に書いてくれた。

「今日はどうしましたか?」

なんだ、そんなことを言ってたのか。

体温計を脇に挟んで待合室のベンチに座っていると、隣の老人(あとで聞いたら58歳だった。「昔」の人は老けて見えたのだ)が話しかけてきた。

「人はみんな死ぬでしょう。寿命というものがあるでしょう。人間の寿命を80年だとすると、60歳になってときには、あと20年ってことでしょう。そしたら、今20歳で、これから0歳まで時間を遡っていくんだ、と想像するのですよ。そうするとですね、最後の3年くらいは、もう、人間としてマトモな活動はできそうもないな、と分かるでしょう。だって、3歳児と2歳児と1歳児ですから。いや。そもそも、最後の7年くらいは、もう、ユメウツツでしょう。自分の7歳くらいまでのことを思い出してごらんなさい。ユメウツツだったでしょ? 何がなんだかわからないまま、とにかく、生きてたんですから。すると、覚悟とか準備とか心づもりとかがね、ちょっと、具体的になりやあしませんか」

順番が来た老人(58歳)は話しっぱなしで診察室に消えてしまって、残された方は今ごろベンチが硬すぎることに気づいた。尻骨の存在を知る硬さ。

思い出して体温計を出したら、38度5分もあって、ギョッとした。

2020年2月20日木曜日

「自分という生き物1匹でも充分モテアマシてるのに、この上、何を好き好んで、ねえ」

なぜ猫を飼わなかったのかと訊かれたオカバヤシハルオが、その理由として答えたのが上のセリフ。同じ理由で未だに一人暮らし。「猫を飼わなかったのか」と過去形なのは、今は1匹の拾い猫(雑種)を飼っているからだ。

「飼ってるというか、まあ、置いてやってるって感じだよね」

年齢不詳。60前後に見えるが、実はもっと若いのかもしれないし、逆にもっと上かもしれない。老けた50歳と、若い70歳と、本当の60歳の体感としての違いは、当人も含め誰にも区別がつかない。役所の出生記録や親の主張がそうだからそうなんだろう、と言えるだけだ。

オカバヤシハルオは、世界のどこにも存在しない野球チームのエンブレム(変形したAに見える)が張り付いた野球帽をかぶって、大きめのママチャリで街をうろつく。すなわち自動車免許を持ってない。

「必要ないからね。ツマラナイってものもある。街中でチマチマ運転なんか、バカらしくやってられんでしょう。赤で止まって、青で動いて。危ないってものもある。道の真ん中によろよろ飛び出してきたボケ老人を跳ねたら、自動で人殺しにされちまう。免許を持ってないだけじゃないよ。ちょんまげだって結ってないし、ふんどしも締めてない。これはあんた達も同じでしょう。時代時代のアタリマエにイチイチ振り回されて、時間やカネや体力気力を無駄遣いするこたぁないよ」

オカバヤシハルオは、「この前の世界大戦」の南方の島の激戦地の生き残りだという。当人の主張だ。オカバヤシハルオ行きつけの居酒屋の女将さんもその話を聞いたことがあるらしい。しかし、最も最近の「この前の世界大戦」に兵隊として参加していたとしても、明治百五十年の今では、もう百歳近いはずで、この話は、オカバヤシハルオ一流のデマかホラだということになっている。曰く、

「アタクシの部隊はアタクシひとりを残して全滅してしまって、アタクシはたったひとり、島に取り残されたってなワケです。で、途方に暮れていたら、ある時、墜落している紫電改を見つけた。これを修理し、飛ばせるようにしてからは、終戦までずっと、島の近くを無警戒に飛ぶ敵さんのヒコーキにちょっかいを出して憂さを晴らしてましたよ。全部で20機くらいですかね、撃ち落としたのは」

ラッキーストライクのオカバヤシハルオは酔うと言葉遣いが丁寧になるタイプだ。