菓子を盛った青い鯖柄の器。主人の万袋氏に尋ねると、知り合いが生み出した「鯖九谷(さばくたに)」という焼き物だと云う。紹介状を持って、鯖九谷焼の生みの親を訪ねた。
猿場取主水(サルバトリモンド)氏が鯖九谷焼を完成させたのは、彼が死ぬ間際で、それゆえ猿場取氏自身の手による鯖九谷焼はわずか一点しかない。しかもその貴重な一点はずっと行方知れずだ。「おそらく、もう壊れてしまっているでしょう」と猿場取氏。現存する鯖九谷焼は全て、彼の死後、彼の弟子たちによって作られた。「生み出したのは私ですが、それを育て、世に広めたのは、私の12人の弟子たちなのです」
猿場取氏は30代で若死にした。磁器に対する彼の主張が、反発と危機感を招き、罪を捏造されて処刑されたのだ。部外者から見れば、冤罪ですらない茶番である。
「ですから、ここに来てからは、専ら死刑について研究しています。人間にとって死刑とは何なのかという研究ですね。焼き物はやっていません。EMMAには焼き物の醍醐味を再現できるほどの物理模擬装置が実装されてはいませんから。本物の焼き物を楽しむには、宇宙の物理環境を完全に再現するしかありませんが、それは、宇宙そのものを再現することを意味します。今の人類にそこまでの技術は、さすがにまだありません」
猿場取氏によると、死刑の本質は復讐ではなく〈排除〉だという。だから、「もしも或る人間を完全かつ永久に排除する方法が他にあるなら、死刑は不要になりますね」
猿場取氏の話はこうだ。
人間以外の生き物には〈死をもって償わせる〉という行動原理はない。殺されたから殺し返すという意味での復讐の観念がないのだ。ライオンに子供を食べられたバイソンが仇討ちを試みることはない。それは、バイソンにそれだけの殺傷能力がないからではなく、そもそも、生き物に〈死をもって償わせる〉という行動原理がないからだ。殺されたり殺したりすることが〈込み〉になっているのが生き物である。殺されないように抵抗はしても、一旦殺されてしまえば、それでその件は終わりだ。代わりに存在するのが、生きていく上で邪魔になる存在を〈排除〉しようとする行動原理だ。人間の〈死をもって償わせる〉の根底にある駆動力もこの〈排除〉であって、決して〈死の実現〉ではない。人間の「死刑」の根底にあるものも、実は[死をもたらした〈実績〉を持つ存在]の〈次〉を防ぐための〈事前の排除〉である。