EMMA3階の所長室で湯賀美博士が待っていた。その姿は、黎明期の8ビットビデオゲームに出てくるドット絵のようだ。博士が口を動かすとポヨポヨとふざけた音がどこからか聞こえてきて、博士の座る机の上の空間に「ようこそ いらっしゃい」の文字が浮かび出た。点滅する[▽]が文末に見える。グンペー式操作装置を取り出し、Aのボタンを押した。
「どうぞ おかけなさい」
と、博士が続きを〈喋った〉。
博士との面会は非常に有意義なものとなった。EMMAに関するいくつかの貴重な情報を手にすることができたからだ。故にそれは、面会よりは講義に近いものだった。博士に拠れば、EMMAに於いてまず何よりも重要なのが「人工人格」の定義と概念である。
*人工人格(AC:Artificial Character)=人間の意識現象全般を機械によって再現し、ゼロから作られた新しい人格のこと。後に述べる「人工幽霊」に対して「人工幽零」(最後の〈霊〉の字が〈零=ゼロ〉に置き換わっている)と呼ばれることもある。人工人格技術の基盤を作り上げたのは、他でもない湯賀美博士である。
そして人間にとっては、或る意味、より重要な「人工幽霊」の定義と概念。なぜなら、それは、人類の長年の夢の実現そのものだからである。
*人工幽霊(AG:Artificial Ghost)=ACの一種だが、こちらは、もともと生身の人間として存在した人格を再現したものを指す。生前に蓄積された膨大な人生体験情報と身体情報の精密な数値を取り込んで作られる。今の湯賀美博士自身が、ごく初期型の人工幽霊である。因みに、博士が洗練された最新型にバージョンアップせず、ごく初期型のままでいる理由のひとつは、博士の人工幽霊が、やや緻密さに欠ける人格情報によって作り上げられた「プロトタイプ」であるため、謂わば、その「解像度」の低さ故に、最新型への移植/変換が困難なためなのだが、実はもう一つの理由があって、それは、8ビットビデオゲーム的なこの初期型の姿こそが、既に人工幽霊としての博士のアイデンティティになっているからだ。ちょうど、嘗て、宇宙物理学者のホーキング博士が生涯にわたって人工音声の古いバージョンを使い続けたのと同じ理由である。
話が終わって立ち上がると、ポケットの中でチャリンと音がした。取りだしてみると6枚のメダル=トークンである。
「さきだつものがいるでしょう」
博士が〈云った〉。