2018年6月5日火曜日

5-3:屋上の超ひも理論


エレベータの老女は、トークン6枚全てを要求した。3階建のEMMAの4階に行くにはこのエレベータに乗るしかなく、このエレベータを操作できる(つまり資格が与えられている)のは、彼女ただ一人なのだ。「それにソレはここ以外に使う場所はないんだよ」。エレベータの老女は受け取ったメダル型トークンを二回数え直し、肩から下げたズタブクロの中へチャリンと落とすと、「上へ向かいます」と云った。

何のことはない。4階とは屋上のことだ。ただし見上げた空の向こうに地面が見える。地面の上には街があり、こっちの地面とあっちの地面の間をトンビが飛んでいる。
「伝説では、千年に一度、あっちの地面からヒモが降りてくるらしいけど、今日はもう昼を過ぎちゃったからね」
エレベータの老女は、エレベータの箱から首だけ出してそう云うと、ヒヒヒと笑った。

屋上では懇親会が開かれていた。給仕の盆から金色の液体の入ったグラスを一つ取って、端の方に立っていたら、こんな話が聞こえてきた。
「まったくのところ、人間は悉くヒモだよ」「そうとも。しかし相手は人間の女とは限らない」「アタシは酪農をやってる。だから、アタシは牛のヒモだな。よく乳を出す牛でね、ソイツのおかげで食えてる」「俺なんかマグロのヒモさ」「マグロってのは、アレのときの喩えじゃなくて?」「本物のサカナのマグロさ。俺は漁師だから、マグロに逃げられたらオシマイ」「それは確かにマグロのヒモだ」「考えてみれば、農民は、コメでもムギでもトウモロコシでも、農作物つまりは植物にそっぽを向かれたら終わりなんだから植物のヒモだね」「結局、人間全部とまでは云わなくても、少なくとも第一次産業従事者ってのは、所謂natureのヒモなのだよ」「ネーチャン?」「ネイチャーさ」「英語で自然のことだよ」「それくらい知ってる。しかし我々ヒモにとってネイチャーはすなわちネーチャンだろう?」「なるほど」「ウマイこと云うねえ」
「アンタはどう思う?」
突然、一人がこちらに話を振ってきた。
「ネイチャーがネーチャンという話ですか?」
「違うよ。人間はみんな自然のヒモだと思うかい?」
「そりゃそうでしょう。でも、自然のヒモというより、宇宙のヒモでしょう」
それぞれにグラスを持っていた一団は酒で赤くした顔を見合わせた。
「こりゃあ大きく出たね」「しかし確かにそうだ」「我々はみんな宇宙のヒモだ」「宇宙に見限られたらオシマイだものねえ」