「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年6月11日月曜日
5-5:万袋氏の殺人鬼論
桜木谷氏の紹介で、〈前世〉が殺人鬼の万袋貞堂(バンダイテイドウ)氏に会った。とてもそうは見えない。むしろ魅力的ですらある。
「自分で云うのもなんですが、人を惹き付けるナニカがなければ、人殺しにはなれても、殺人鬼にはなれません」
今は殺人鬼ではない?
「もちろん違います。私が殺人鬼だったのは、前世、つまり前駆体(生身の人間)のときです。しかし、今の私もその〈仕様〉すなわち身体データ的には殺人鬼のときと同じなんですよ。まあ、〈氏より育ち〉とはよく云ったもので、人の有り様は資質が全てではないのです。生物学的には典型的な殺人鬼の私も、環境ひとつで無害な一市民です」
生物学的に典型的な殺人鬼というのは?
「ご承知の通り、私たちAG(人工幽霊)は、或る個人の完全なデータ、つまり身体データと体験データ、すなわち〈ハイパーライフログ〉によって作られます。そのハイパーライフログを解析すると、私の身体データは、まさに典型的な殺人鬼なのです。私の〈仕様〉は殺人鬼に最適化されているということです」
なぜ、そんな〈仕様〉を引き継いだのですか?
「前駆体と完全に同じに保つのが人工人格技術のキモですから。ほんの少しでもデータを弄れば、そこから現れるAGはもはや私ではありません。私のケースで特筆すべきは、人間は、たとえ完全に同じ〈仕様〉であっても、やり方次第で全く別様の人間になれることを人工人格技術が初めて明らかにしたことでしょう」
今は何を?
「なんと殺人鬼の研究をしています。人はいかにして殺人鬼となるかという研究です。これもまた人工人格技術の有益な副産物です。私の前駆体は電気椅子の上でその生涯を終えました。その、凶悪な殺人鬼の一生を〈全う〉した私の前駆体と、AGとしての今の私は全くの同一人物です。で、ありながら、別の存在なのです。私は、殺人鬼の全生涯の体験を持っていながら、その罪業からは完全に自由です。〈現実に〉死刑に処されたことで法律的にも自由ですし、或る確かな理由から、殺人衝動それ自体からも完全に解放されています。そういう点から、私の殺人鬼研究は、よくある殺人鬼の〈告解〉に陥ることはなく、殺人鬼の有り様を詳細に暴き出し、その原理を一般化するものになると自負しています」
具体的な研究成果は?
「殺人鬼に不可欠な条件は分かっています。自身が生命現象であり、尚且つ、生命に対して過剰な価値や意味を見出していることです」