「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年10月26日金曜日
現の虚 2014-1-2【集金人】
午前4時半に小銭を掴んで、歩いて近くのコンビニに行った。デザートのコーナーに行くと、デカくて不格好なエクレアが置いてあった。いつも置いてある。前に一度食ったことがあるので味は知っている。不味くはないが美味くもない。だが、甘くて量が多い。一個掴んでレジに行き、金を渡しておつりを受け取ると、店の外に出て、すぐに袋を破いて、中身を食った。
不味くはないが美味くもない。世の中の食い物はたいていそうだ。不味くもないが美味くもない。美食など人類の妄想だ。
糖は摂取できた。低血糖の発作はもう大丈夫。俺は下宿に帰った。
新聞が届いていた。頼んでない、勝手に配達されている新聞だ。新聞代は払ったことがない。集金も来たことがない。配達のバイトが、どこか別の部屋と間違えて勝手に配達しているのだろう。開くと、新聞配達員募集のチラシが入っていた。近くだ。ずいぶん近くから配達されている。そんなところに新聞屋があったかなと思う。あるんだろう。現に新聞は毎日届いている。頼んでないし、カネも払ってないけど。
カネが要る。田舎からの仕送りは止まっているし、蓄えも終わりが見えて来た。今、ポケットには59円しかない。郵便局の口座には5万ほどあるはずだが、大部分はもうすぐ家賃に取られる。このアパートは大家の屋敷の敷地の中に建っている。家賃を踏み倒せる見込みはあまりない。そう遠くない時期にカネが尽きる。つまり、稼ぐ必要がある。必要最低限。飢え死にするのは流行ってるし、オモシロそうだが、もう低血糖症の発作で苦しむのはゴメンだ。
午前5時12分。配達員募集のチラシを掴んで、俺は新聞屋に向かった。
荷台と前カゴに新聞を満載にした新聞配達専用のバイクに跨がって、今まさに配達に出発するところだった店長が、バイクを降りて店の奥の机から用紙とボールペンを出して来た。
これに住所と名前と電話番号を書いてここに置いといて。昼過ぎにこちらから電話するから。
若干の沖縄訛り。
私は今から配達があるからさ。アルバイトの大学生が急に休んじゃってね。急は困るんだ。
店長は俺を残して配達に行った。俺は記入し終えた用紙を裏返しに置くと、ボールペンを重し代わりにその上に乗せた。アパートに帰り、11時まで眠り、起きてからひげを剃って歯を磨いた。昼過ぎに電話があった。配達はもう埋まったけど集金なら募集してるよ、と云われ、ジャアソレデと答えた。俺は新聞の集金人になった。