「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年10月25日木曜日
現の虚 2014-1-1【即身仏】
推薦してくれたので仕方なく入った大学は、やっぱりつまらなくて一ヶ月で行くのをやめた。その後、三ヶ月ほど下宿に閉じこもった。日暮れに起き出して、夜通しヘッドホンでレコードを聴き、日の出と共に寝るという日課を繰り返しながら髪の毛とヒゲを伸ばした。ある日、田舎から仕送り中止の電話が来た。アアソウデスカと答えておいた。その日から無収入だ。
ある日の明け方、もうそろそろ寝るかと思っていると、突然、強烈な飢餓感に襲われた。体が震えて意識が朦朧となる。全世界が縮んで自分の皮膚に貼り付いてしまって、重くて動けない。汗がやたらと出る。だが、熱いのか寒いのかも分からない。金を節約して、しばらく水しか飲んでなかったのがいけなかった。
体を起こそうとすると体中がプルプルと震えた。唸りながら体を返してうつ伏せになり、這って冷蔵庫まで行く。冷蔵庫の中にはゼロカロリーのコーラの五百ミリ缶が一本だけあった。ゼロカロリーか、と思ったが、掴んで取り出し、這いつくばったままで飲んだ。
この飢餓感、震え、汗は、きっと低血糖症だ。『ゴッドファーザー』で低血糖で苦しむ演技をするアル・パチーノを見たことがある。低血糖症の苦しみを緩和するには糖分の摂取だ。ブドウ糖が特にいい。普通のコーラならブドウ糖がたっぷり入っている。だがゼロカロリーのコーラにそれはない。いくら飲んでもその甘さはニセモノだ。人工甘味料はおそらく糖ですらない。だが今はこれしかない。
一気にぐいぐい飲んだら、糖の摂取はともかく、炭酸ガスで胃袋が膨らんだ。それで俺の中の身体機能を司るナニカが騙されたのかもしれない。さっきまでの猛烈な飢餓感はすうっと薄れた。全身に貼り付いていた世界が剥がれて、皮膚が空気に触れて軽くなった。
俺は上半身を引きずり上げ、壁にもたれて、缶に残っていたコーラを飲み干した。危うい感じは残っているが、楽にはなった。俺はコーラの空き缶を持ったまま目を閉じた。
暗い穴の中で坊主のように足を組んで座っている。頭のすぐ上に空気穴があった。その穴を通して宇宙最古の星、メトシェラ星が見える。俺は即身仏になろうとしているようだ。だが、さっきのような強烈な飢餓感に襲われたら穏やかな死など到底無理。土の下で狂い死にだ。
そう思った瞬間ゲフッと大きなげっぷが出た。俺は目を開けた。このままだとまたすぐ発作が起きる。俺はコーラの空き缶を握り潰し、ふらりと立ち上がった。