「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年10月30日火曜日
現の虚 2014-1-5【カルボナーラ】
朝起きると、高校の入学式の日に行方不明になった双子の姉が、俺のアパートの狭い狭い台所で大量のフィットチーネを茹でていた。フィットチーネとパスタ用鍋は自分で持ち込んだらしい。
カルボナーラにするから、とコビは云った。コビは姉のあだ名だ。本名で呼んだことはない。意味はチビと同じ。辞書を調べても出てないだろう。方言がさらに変形したものだから。姉があだ名通りのチビなのかというとそうでもない。子犬の時にチビと名付けられたフツウの大きさの犬はいくらでもいる。それと同じ。
一時間後、久しぶりに再会した姉と、朝から濃厚ソースのカルボナーラを食べた。フィットチーネにクリームソースを絡めながら、トウさんもカアさんもジイちゃんもバアちゃんもイトコもハトコもオジさんもオバさんもみんな死んだわ、とコビは云った。早い話、津波にやられて町は全滅したのよ。
この国で何万人もの人が一度に死んだのは第二次大戦以来らしい。
俺の家にはテレビがない。ラジオは電池が切れたままだ。新聞の集金をやっているが新聞なんか読まない。そして、インターネットとは全くの無交渉。それでも何日か前に、この国のどこかで大きな地震があって、大津波でたくさんの人が死んだということは知っていた。逆に云うと、マスメディアを完全に身の回りから排したら、自分に直接関係のない「世の中の出来事」は、このくらいの規模にならない限りは何も聞こえて来ない。
アンタもアタシも田舎で燻ってたら今頃生きてなかったわ、とコビは云った。燻っているかどうかは居場所に依らないと俺は答えた。現に俺は燻っている。そうね、とコビは答え、皿はアンタが洗ってよ、と席を立った。床に置いてあった自分のリュックの中をゴソゴソやって、アンタお金はあるの、とコビ。ナイねと俺。コビは鞄から封筒を取り出し、俺に放り投げた。封筒の中には一万円札の束が入っていた。俺が数えようとすると、200万あるわ、全部あげる、と云った。
なんでさ?
この世でたった二人生き残った身内だから。
ああ。
アンタ、今、なにやってんの?
新聞の集金。そっちは?
泥棒。
泥棒のカネは受け取れない、と俺が云うと、バカね、と笑われた。
合法と呼ばれる商売は全て正体は詐欺か乞食よ。唯一泥棒だけが自力で生きる正攻法なんだから。野生動物はみんな泥棒をやって生きてるってことに気付きなさいよ、と云いながら歯を磨くコビ。やけに念入りだ。
歯石をつけないためよ。