「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2023年9月3日日曜日
『DUNE/砂の惑星』(2021年版):メモ
△監督ドゥニ・ヴィルヌーブ/2023年9月3日/Prime Video/凡庸。NHKの大河ドラマみたい(褒めてない)。喩えるなら、「定型文」と「慣用句」ばかりで描かれた映画。SF描写以外に、本気で描きたいことがないのだろう。
2023年9月2日土曜日
【memo】crack babies
crack babies:母親が妊娠中にコカイン中毒だったせいで、生まれたときからコカイン中毒の赤ん坊。アニメの中で描かれているような意味でのクラックベイビーは、現実というよりフィクション。
Slash:ギタリスト:サンタクロースと同じで実は存在しない、というフィクション。クラックベイビーとは逆で、こちらは本当は実在するミュージシャン。
(『サウスパーク:15−5』)
2023年9月1日金曜日
【memo】アブラコウモリ
アブラコウモリ(イエコウモリ)の体重は5.5g。十円玉は4.5g。あの小さいハツカネズミでも20g。コウモリの「軽さ」がよく分かる。
(Eテレ『ヴィランの言い分:コウモリ』)
2023年8月31日木曜日
辛さ選べます
ビデオゲームの「難易度設定オプション」とか、カレー屋の「辛さ選べます」とか、大嫌い。
提供されているのは「作品」ではなく「商品」ということだから。
あからさまな言い方をすると、作り手としての「こだわり」が、商売人としての「金儲け」に敗れた結果。
【memo】ガーネットの砂
ウォータージェット切断法。高圧の水流で金属を切断する方法。水の中には、ガーネット(赤い宝石)の砂を混ぜてある。ガーネットの砂は紙やすりにも使われている。
(NHK『解体キングダム:変圧器』)
2023年8月30日水曜日
サブスク
税金とか家賃とか電話料金とか電気料金とかってのは全部結局 サブスク代 だよね
そうすると、自殺志願者ってのはそういうサブスク代を払うのが馬鹿らしくなった人たちのことなんだよ
要するに「人生というサービス」に飽きてしまった人たち
そうすると、自殺志願者ってのはそういうサブスク代を払うのが馬鹿らしくなった人たちのことなんだよ
要するに「人生というサービス」に飽きてしまった人たち
2023年8月24日木曜日
強化人間ではニュータイプには勝てない
【Z】フォウのサイコガンダムが、アウドムラやアムロのリック・ディアスを仕留めきれない(拡散ビームが当たらなかったり、突然、頭が痛くなったりする)のは、アムロやカミーユの「思念」のようなものが、フォウかサイコガンダムに「干渉」しているからなのだろうなあ。サイコガンダムも、強化人間(なんちゃってニュータイプ)よりも、本物のニュータイプの「言う事」を聞きやすいのかもしれない。
(「Zガンダム」第20話「灼熱の脱出」)
2023年8月22日火曜日
カミーユは「戦中派」
「空が落ちてくる」のを怖がっているロザミアは、子供のときに「コロニー落とし」を「下」で「体験」したのか、と思って、ふと気づいたけど、カミーユだって、一年戦争の「生き残り」だ。輒ち「戦中派」。戦時中は、ちょうど『ポケ戦』のアルくらいの年齢。と、気づくと、カミーユの印象が少し変わる。つまり、こじらせ方の奥にあるモノ(原因・遠因)を考えてしまう。
戦争孤児のベルトーチカも「空が落ちてくる」のを怖がっているので、やっぱり、「コロニー落とし」を「下」で「体験」しているのだろう。
(『Zガンダム』第16話「白い闇を抜けて」)
2023年8月19日土曜日
ネタバレ予告な、古き良き時代
山田玲司のヤンサン動画のせいで、また『Zガンダム』を観ているんだけど(5周目?)、『Z』の予告のナレーションって、毎回ほぼ全面ネタバレ状態で、笑っちゃう。今、『Z』が放送されてたら、視聴者は「怒る」だろうなあ。時代だなあ。
2023年8月17日木曜日
「大本営発表…」
第二次大戦中の日本のアナウンサーたちの姿を描いた、NHKのドラマが好かった(特に期待して見始めたわけでもなかったので、余計、好かった)。主演の森田剛の熱演も好ましかった(最初誰だか分からなかったけど)。明治神宮外苑競技場での学徒出陣の実況の場面は、かなりぐっと来た。高良健吾が演じるアナウンサーが、インパール作戦に参加したことで戦場の現実を知って、かつて自分自身がいい気になってやっていた「戦意高揚アナウンス」に苛まれる場面も印象に残った。しかし、なんと言っても、エンドロール後の場面(所謂、ポストクレジットシーン)が「怖かった」。思えば、富野さんや宮崎駿が、ちょうどあのくらいだったんだよねえ、と、妙にいろいろと納得してしまった。
2023年8月16日水曜日
『シッコウ!!』の「異様」さ
『シッコウ!!』というドラマを初回から見ている。執行官という仕事があることや、その仕事の中身などについて知ることができて、そこが興味深いから。しかし、所謂「人間模様」を描いたドラマ部分が、今までの6話全部「異様」で「怖い」。と言っても、別に、ホラーとかオカルト的な怖さではない。暴力や怒声の怖さでもない。各エピソードで、強制執行される側の人間、つまり債務者たちの「人物造形」が「異様で怖い」のだ。本当は心がない存在が、心があるふりをして、泣いたり騒いだり怒ったりしているようにしか見えないのが、まず、異様で怖い。そして、そういう「ニンゲンモドキ」な債務者たちを「同情的」に描いている、このドラマの制作態度が異様で怖い。
で、考えた。「何が起きてる?」と。6週目に一応の「答え」が見えたのでメモしておく。
執行官の「活躍」を描くドラマなので、強制執行にまで話がこじれなければ、エピソードが成立しない。だから、毎回、強制執行の日まで「駄々をこね続ける」債務者が登場する。しかし、現実の世界で強制執行を食らってしまうような人たちは、どちらかというと、「NHKスペシャル」や「クローズアップ現代」にモザイク顔で登場し、音声変換された声で証言するような、ちょっと「特殊」な人たちのはず。ここでいう「特殊」は、「ものわかりがよい/わるい」「権威に対して従順か否か」という態度や信念に属する「特殊」さではなく、「ケーキを切れない子どもたち」系の、知的な「特殊」さのこと。事態が打開されることがないのはわかり切っているのに、物件の明け渡しを拒否して強制執行の日まで居座り続けるその姿は、ゴミを捨てない「ゴミ屋敷」の住人や、8月末まで夏休みの宿題に手を付けない小学生の「愚かさ=気の毒さ」に通じる。つまり、そういう意味では「気の毒」な人たちではあるが、あくまでもそういう種類の「気の毒さ」なのだ。
ところが、ドラマに登場する強制執行をくらう債務者たちは「フツウ」の人として描かれている。執行官に「歯向かう」以外のことでは、わりとモノの分かった常識人のように描かれている。要するに「ケーキを切れる」人たちとして描かれている。「ケーキを切れる」人たちが、執行官相手には「ケーキを切れない」人のように振る舞うので、(観ていると)人格異常者のように思えて、それが「異様な怖さ」になっている。
執行官の仕事を取り上げた種本のようなものに、強制執行に至る色々な事例があって、それをもとにドラマ(エピソード)を作るときに、強制執行される側の人間を、視聴者から共感を得られるような人間に作り替えようとしたら、強制執行に至るまで駄々をこねるという行為自体が、「回転寿司の醤油ペロペロ」並の幼稚で浅はかな行動なので、他の場面(毎回ある、債務者たちの楽しかった思い出場面など)でどう取り繕っても、視聴者からの共感は得られず、むしろ逆に、「言い訳にすらなってない」と反感を買う、という構造になってしまったのではないかな。
なんだろう? 全くの想像だけど、種本では、強制執行を食らう債権者たちは、ただのケーススタディの要素的に扱われていたんじゃないかな。つまり、個々の人格とか知能とかそういうことには触れず、こういう立場の人が、こういう家族構成で、ああだった、こうだったと、「無機質」に紹介されているだけだったのを、ドラマにするときに、視聴者から共感をもってもらえる人物として造形してみたら、なんと、強制執行を食らうような人間というのは、そもそも一般の視聴者から共感を得られるような人間ではなかったことが、そのとき初めてわかった、というような流れで、なんだか、大変なことになったな、と。
もう一つ言えば、これは誰かが一人山奥で書いている小説ではなく、全国放送されているテレビドラマだということ。つまり、少なくない数の関係者が存在していて、「これでいい」と判断し、毎週放送しているのだ。恐ろしい(興味深い)。一体、出演している俳優陣はどう思ってるんだろう? とか、余計なお世話な想像をする。
とにかく。もう、ドラマの本筋とは関係無しで、この異様で怖い「債務者の描写」が気になってしょうがないので、(人間ドラマとしてはとても観てられない気分なんだけど)、最終回まで見届けるつもり。
2023年8月3日木曜日
『ファンタスティック・プラネット』:メモ
◯(字幕版)Prime Video/1973年のフランス産のアニメ。様々なクリエイターに影響を与えたと「名作」らしくて、随分昔から気になっていたのを、やっと「無料」になったので観た。面白く観た。哲学的とか幻想的とか色々言われているみたいだけど、結局「生命教」の「教義内」で語られる物語なので、まあ、「どうということはない」。あと、第二次大戦中にナチス・ドイツに席巻されたヨーロッパの暗喩にも思える。
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