(注:ネタバレ)
とは言え、なによりも、アイスランドの風景が素晴らしい。あの、(他の惑星のような)超殺伐とした風景があってこそ、この作品の荒唐無稽な設定が真実味を帯びる。あの場所なら本当にいそうだもの、羊男。
「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
"しかし、何よりも私が驚くとともに、全く理解に苦しんだことは、彼らがいろいろなニュースや政治問題に対して強い関心をもっていることであった。 絶えず社会一般の事柄について穿鑿し、国家の政治問題について意見を述べ、党派の主義・主張のどんな細かい点についてもまるで喧嘩でもしているかのように議論するということであった。 (中略) ...但しここの連中が、どんな小さな円もどんな大きな円もその円周は三百六十度だから、地球儀をひねくり廻す能力があれば、世界を操作し牛耳るくらい易々たるものだ、と思い込んでいるとすれば、また何をかいわんや、だ。しかし、どうやらこの性癖は、自分には関係もないし、また後天的にも先天的にも少しも自分には向いていない事柄であればあるほど首を突っこんで何だかんだと文句をつけたがるという、人間本来の性質に根ざした弱点から生じているように、私には思えるのである。"(第三篇:ラピュータ渡航記)