一代で財を築いた男が堤防の上で俺に云う。
「若い時は若さっていう財産があるから、やっぱり真面目に働かないんだよ。どうにかなると思っちゃう。その気になればカネなんかすぐに稼げるって。いや、実際その気になれば若さでどうにかなるもんなんだよ。若いと病気はないし体の無理も利くからね。実際オイラがそうだったし。
けどね、なかなかその気にならない。つまり、若い時には、自分はいつまでも若いと思っちゃうから。いつまでもってことはなくても、まあ、明日や明後日や来年や再来年はまだ若いと思って今日を怠けちゃう。で、気がついた時には、膝が悪い、腰が痛い、目が霞む、物が覚えられねえってことでもう手遅れ。オイラ、そういうヤツラをいっぱい見てきたよ。
オイラだって危なかったさ。酒飲んで仕事をサボってばかりで何度母ちゃんを怒らせたり泣かせたりしたことか。その母ちゃんも去年ぽっくり逝っちまったけどね。
若いヤツがその気になるにはキッカケが要るんだなあ。オイラの場合はこれだよ。この財布。この財布がオイラの人生を変えた。運命の品ってヤツさ。買ったんじゃねえよ。貰ったんでもねえ。拾ったんだ。ちょうどこの辺りだったなあ。海に沈んでるのを見つけたのさ。今じゃここも堤防なんか出来てこんな感じだけど、昔は自然の浜だったから見えたんだよね。水の中でゆらゆら揺れてるのが。そいつを拾った。
拾った財布なんて大抵は空だけど、こいつには入ってたね。ビッチリとウナルほど。だからホント云うと、この財布じゃなくて、中に入ってたカネが、オイラが真面目に働くようになったキッカケなんだけど。
うん。結局、落とし主は現れなかったから財布もカネもオイラのものになったよ。なったけど、別にオイラ、そのカネでナニカしたわけじゃない。詳しい説明は省くけど、拾ったカネには一切、手をつけてないからね。お守りみたいなもんだから、普通にカネとして使っちゃダメな気がしてさ。だからほら、今もこの財布にはその時のカネがそっくりそのまま入ってる。
それにしても、いったい誰の財布だったんだろうねえ」
男がそう云って感慨深げに財布を眺めていると、不意に海面から光る腕がぬっと伸び、男から財布を奪って海の中に持ち去った。そしてすぐに、今度はボンヤリ光る巨大な女の顔が海面に現れた。男はその巨大な女の顔に見覚えがあるらしい。
「なんだ、ぜんぶ母ちゃんのシワザだったのか」
男はそう云って笑った。