「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年7月4日木曜日
isotope 23「薔薇海小学校」
有名な薔薇海小学校の授業を見学した。キツネの教師がキツネの生徒に教えている学校。授業見学には校長が付き添う。授業中はもちろん禁煙だ。
若いキツネの教師が居並ぶキツネの生徒達に云った。
「人間の民俗学者が書き記したこの『遠野物語』には、無知な人間が勝手に怖がったり、妄想したりして、その罪を、たまたまその場に居合わせただけの無実のキツネに着せ、裁判も何もなしでイキナリ撲殺して澄ましているという話がたくさん出てきます。それは『遠野物語』の中でも、25年後の再版時に付け加えられた『遠野物語拾遺』に多いようです。このことから、皆さん、何が分かりますか?」
キツネの生徒達は互いに顔を見合わせて黙っていたが、そのうち一人の生徒が手を挙げた。キツネの教師は頷いて云った。
「はい、ではツネキチさん」
緑色のチョッキを着たツネキチと呼ばれたキツネの生徒はすっと立ち上がって云った。
「人間の無知はめったに治らないということです」
キツネの教師は「なるほど、それもありますね」と答え「他の意見はありませんか?」と続けた。また別の生徒が手を挙げた。「はい、どうぞ」
「人間は偏見の強い生き物だということです」
「そうですね。確かに人間は偏見の強い生き物です。他には?」
赤い大きなリボンをした女の子のキツネが手を挙げた。
「はい、キネコさん、どうぞ」
キネコと呼ばれたその赤いリボンのキツネはクスクス笑いながら云った。
「人間はキツネを恐れているのだと思います。人間にはないチカラをキツネが持っていると思い込んでいますから」
キツネの教師は「そうです」と大きく頷き、生徒達を見回した。
「人間が私たちキツネを恐れているのはなぜか。それは今、キネコさんが云ってくれたように、人間が、私たちキツネには、人間にはない特別なチカラが備わっていると信じ込んでいるからです。しかし、みなさんもご存知のように私たちキツネにそんなチカラはありません。つまり、死んだ人間を自由に動かしたり、人間に幻を見せたり、他の人間に化けたりというようなチカラは、私たちにはないのです。ここから分かるのは、無知は未知を生み、未知は恐怖を生み、その恐怖は必ず、謂れのない暴力に発展する、ということです」
キツネの教師はそう云うと、黒板に〈無知〉〈未知〉〈恐怖〉〈暴力〉と書き、それぞれから矢印を引いて、四つの語をつなげた。
キツネの校長がこちらを向いて、どうですか、という顔をした。