2023年9月10日日曜日

『明鏡止水・武の闘球』(ラグビー編)を愉しく観た。岡田くん(世界大会お疲れ様)と、ケンドーコバヤシの両方が元ラグビー部だったとは。あと、高阪剛、最初気づかなかった。グラップラー変態ぶりが、歳を増すごとに、拡大している気がする(褒め言葉)。「内旋」で倒す。

2023年9月9日土曜日

【Zガンダム】ハマーンとレコアは完全に同じタイプの女。手にしている「チカラ」が違うだけ。 

2023年9月8日金曜日

【バイコマ】港:第一の高射砲を破壊して、第二の高射砲に向かう途中のトタンの壁は、投射物(箱やドラム缶)が通り抜ける(樹の茂みと同じ仕様)。輒ち、向こうにいる敵兵に、トタン板越しに物をぶつけられる。

かぐや姫の「神田川」の女子は、なんで銭湯の外で待ってるんだろう?

2023年9月6日水曜日

【memo】「半殺し」(おはぎの呼び名)の由来

米を「つき殺さず(=つき切らず)」に、半分だけ原型をとどめた状態にしておくことから、「半殺し」。

(土井善晴/NHK「きょうの料理」)

実は全然モテてないカミーユ(それに比べていつもモテモテのアムロくん)

『Zガンダム』全体の印象と、最終回のシロッコとの最終決戦の場面の印象で、なんとなく「女子にモテモテ」だと思われがちだが、実は、カミーユは全く女子にモテてない。幼馴染のファだけが、「本気」でカミーユカミーユ言ってるだけ。

思い返してみれば、カミーユにグイグイ来る女子は強化人間だけ。ニュータイプの女子ならイケそうか、と言えば、そうでもない。本当のニュータイプであるサラにはしっかり「素通り」されている(まあ、サラはすでにシロッコの「お手つき」だったってのもある)。

「薬漬け」の強化人間であるフォウやロザミアは、倒すべき相手としてのカミーユという存在を、人為的に意識に叩き込まれているので、カミーユという存在が彼女たちの中でとても強烈なものになっていて、その「特別な存在感」を、「精神がまともな状態」のときには、恋心だとか兄妹愛のように「誤解」してしまい、「カミーユ、カミーユ(お兄ちゃん、お兄ちゃん)」になってしまう。

物語をぼんやり観ていると勘違いしてしまいそうになるが、フォウにしてもロザミアにしても、「元々カミーユのことが好きだった女子が、薬漬けの強化人間にされて、カミーユを倒すべき相手だと思い込むようになった」わけではない。事実は全く逆で、元々倒すべき相手だと意識に植え込まれていた相手(カミーユ)のことを、ある種の精神錯乱(強化人間実験の失敗)で、恋人だとかお兄ちゃんだとか思い込んでいるだけ。

しかし、本当の「悲劇」は、カミーユ自身にこの「真実」が全く見えていないことの方。それに比べれば、フォウやロザミアの悲劇的な有り様は、悲劇としては、一段「軽い」。

カミーユは、相手がフォウであろうとロザミアであろうと、嘗て、アムロとララァが、「あの一瞬」でお互いの「全て」を分かり合えようには、分かりあえていない。カミーユが「これこそフォウだ、ロザミアだ」と、ニュータイプ能力レベルで「共感=精神感応」しているのは、カミーユ自身が、「本当の」フォウだ「本当の」ロザミアだと、「都合よく」思い込んでいる彼女たちの「一面」に過ぎない。

何を言いたいのかというと、これって、「ニュータイプ」としての人間洞察や感能力としては、大いに「不足・欠陥」があるんじゃないか、ということ。

カミーユとフォウの「出会い=精神感応」と、アムロとララァの「出会い=精神感応」とでは、共感の「深さ」が違う。というか、カミーユとフォウの場合は、お互いに深く分かり合えた気になっているだけで、要するに思春期の「私はあの人のことが好き・あの人も私のことが好き」という「思い込み」レベルをそれほど出ていない。

「健全/まとも」な女子にモテモテのアムロと比べると、同じ「ニュータイプ」でも、アムロとカミーユではそもそも「種類」が違う気がする。言ってしまえば、アムロ(や多分シャア)のニュータイプ能力は、健全な「共感力の拡大」なのだが、カミーユのニュータイプ能力は、病的な神経症(あるいは偏執狂)に近いもののように思える。だから、アムロとの「共感」があったときに「普通の女子(ニュータイプを含む。ただし強化人間ではない女子)」はアムロに「惹かれる」けれど、カミーユとの「共感」があったとき、「普通の女子」は或る種の鬱陶しさを感じるのではないか(想像。でも、エマさんとかレコアさんのカミーユに対する「態度」ってそんな感じだし、あのファでさえ、若干そんな感じ)。カミーユと「惹かれ合う」のは、薬漬けで脳が壊れた強化人間の女子だけ。21世紀風に言えば、メンヘラ同士なら惹かれ合う。

カミーユに訪れる「結末」を予言する不穏がここにある。

最終回、カミーユの精神が崩壊するのは、シロッコのせいでもなんでもない。「カミーユが元々持っていたもの」が、ついに「発症」しただけ。

極端な言い方をすれば、カミーユは、全50話をかけて、「実地の強化人間実験」に晒され続け、最後の最後に、とうとう、フォウやロザミーの「お仲間」になってしまったのだ。

【追記】おそらく、強化人間の候補に選ばれるのは、感じやすい情緒不安定気味の子なんだよ。つまり カミーユ みたいな子。だから、フォウとかロザミアと惹かれ合う。言ってしまえば、カミーユは、ムラサメ研究所やオーガスタ研究所の人間が喜ぶ「素材」なのだが、「自力」でニュータイプになっているので、もし、ニュータイプ研究所に連れ込まれても、フォウやロザミアみたいな目には合わずに済む。

もう一つ。カミーユのニュータイプ能力は、戦争の道具としては、うっかりしたらアムロすら凌ぐ。しかし、「本来」のニュータイプの有り様からすれば、相当に「病的」。カミーユは最初から「危うい」。遺伝か環境か、原因ははっきりしないが、とにかく自然発生的な「病気(精神疾患)のせいで」ニュータイプ能力が出現しているのがカミーユ。だから、変な喩えをすると、カミーユのニュータイプとしての異常な戦闘能力の高さは、脳にできた腫瘍のおかげで、もの凄い絵が描けるみたいなこと。

2023年9月4日月曜日

『ジャスティス・リーグ』:メモ

バカバカしいと思ってスルーしていた『ジャスティス・リーグ』を半分観たら、面白かった。「バットマン」特有のあの「なんとなくとぼけた感じ」が全編に漂っていて好い。そして何よりも、フラッシュが好い。つい最近公開されたフラッシュが主役の映画も観てみようと思ったくらい、好い。でも、このフラッシュとは関係ないのかも。
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◯『ジャスティス・リーグ』(吹替版)2017年/2023年9月5日/prime video/本当の評価は△なんだけど、フラッシュ(バリー)とバットマン(ブルース)の掛け合いが好かったので、一評価おまけ。特にフラッシュのキャラが好い。もうひとつ。作品全体の軽妙さもいい。

マグロは赤身

マグロの刺し身なら、断然、赤身。本当に旨いマグロの赤身を食ったことがない連中が、トロトロ言っているだけ。マグロ漁師の息子が言うんだから間違いない。

香川照之、元気かな?

日曜ドラマ『VIVANT』を毎週愉しく観ている。8話を観てようやく分かった。このドラマは最後、『日本沈没』につながる。役所広司(テント)は、「日本人」が移住する土地を買い集めているのだ。そして、最後の最後に、香川照之らしき人物(田所教授)が登場して、ドラマは終わる。

2023年9月3日日曜日

『DUNE/砂の惑星』(2021年版):メモ

△監督ドゥニ・ヴィルヌーブ/2023年9月3日/Prime Video/凡庸。NHKの大河ドラマみたい(褒めてない)。喩えるなら、「定型文」と「慣用句」ばかりで描かれた映画。SF描写以外に、本気で描きたいことがないのだろう。

2023年9月2日土曜日

【memo】crack babies

crack babies:母親が妊娠中にコカイン中毒だったせいで、生まれたときからコカイン中毒の赤ん坊。アニメの中で描かれているような意味でのクラックベイビーは、現実というよりフィクション。

Slash:ギタリスト:サンタクロースと同じで実は存在しない、というフィクション。クラックベイビーとは逆で、こちらは本当は実在するミュージシャン。

(『サウスパーク:15−5』)

2023年9月1日金曜日

【memo】アブラコウモリ

アブラコウモリ(イエコウモリ)の体重は5.5g。十円玉は4.5g。あの小さいハツカネズミでも20g。コウモリの「軽さ」がよく分かる。

(Eテレ『ヴィランの言い分:コウモリ』)