2018年3月19日月曜日

1-5:引越魔


最初の引っ越しは鞄一つ。共同便所共同電話風呂なしアパートで都合5年。

次の引っ越しも荷物は自分で運んだ。ただし数日に分けて。引越し屋要らずの引越しのコツは一時的に住処が二つある状態にすること。そうやって越したのは9階建てのエレベータ付きオートロックマンション。上層はファミリー向け、下層は単身者用ワンルーム。即ち独房。その独房に越して数年目の或る朝、仕事から帰ると玄関前に機動隊員が一人立っていた。
「ここの住人ですか?」
頷く。
「何階?」
独房階を答える。
「分かりましたドーゾ」
…?
「9階にオウムです」。
テレビの騒ぎがこんな身近にあった意外と失笑と鬱陶しさ。コンビニで賃貸情報誌を買った。

引越し三軒目は土地持ちのアカラサマな節税物件。一階廊下がガラス張りで、大家自慢の庭を見せびらかす。部屋は広めのワンルーム。キッチンは大げさなレンジフード付き。洗濯機専用防水パンもあって当初は申し分ないと思ったが実は欠陥住宅。住み始めるとすぐに結露で床が水浸しになり、部屋中カビの白い綿毛で覆われた。塩素系洗剤を撃つ毎日だがイタチごっこ。あるいは焼け石に水。結露のせいでコネクタがダメになり電話が繋がらなくなった。直してもまたすぐにダメになるから引越しするしかないと修理業者の忠告。カビの害は本、服、家具に拡大。ついに妙な咳が出始める。咳き込みながら、最初に嗅いだ正体不明のニオイを思い出す。換気の重要性を説く初対面の大家のハゲ頭。こちらが無意識に閉めた窓を「いや、そのままで…」といちいち開け直す。入居前に様子を見に行くと窓が開いている。不用心なので閉めて帰るが、次に行くとまた開いている。全て大家の仕業で、少しでも換気を怠るとどうなるかを知っていたのだ。カビ屋敷からは二年弱で撤退。

その反省を込めた四軒目は陽当たり良好の南向き。木造モルタル二階建ての二階。各階に部屋は一つずつ。おかしいのは一階にドアが二つあること。二階のドアは建物側面の鉄階段を上った先にある。一階の二つのドアは、一階が元は二部屋だった名残。引越しの結果は4連敗。「陽当たり良好」は冬だけ。それ以外はずっと灼熱地獄。朝帰りのファミレス(赤ワインと韮饅頭)をトイレで吐いていると、灼熱の出窓に腰を下ろした顔面包帯男の咥えタバコ。
「部屋が借りられる理由を考えたことがあるか?」
貸すヤツがいるからだろう?
「いーや。その部屋を出て行ったヤツがいるからだよ」