2018年3月26日月曜日

1-8:大移動


屋根の上のプラットホームを、昨日買ったキャリーバッグを怖々引きずりながら進む。朝9時の青い空が鳴っている。下界の音が反射しているのだろう。ベンチに腰を下ろして電光掲示板を見上げた。タンバ…テツロー…ホシノ…銀河鉄道…ジョバンニとカムパネルラと機械の体…死なない体…不死人間…
「死ななくなったら、それはもう人間とは違う何かだ」と煙草をふかす死神B。
そりゃそうだ。まったく。

電車が来た。
乗り込んだのは禁煙車両。電車に限らない。近頃はどこも死神除けの護符だらけだ。ともかく、これでしばらくはヒトリキリ。

電車が助走を始めた。
樹の間を走る。
畑の上を走る。
山の脇を走る。
道の横を走る。
そしてそのまま終点に着いた。最後まで助走。
目的が果たせるなら無理に飛び立つ必要はない。ずっと助走でカマワナイ。

死神除けの護符のないじっとりと静かな午後の道端で一服する。ヨタヨタと大きな鳥が飛んで行く。
「鳥だって本当は飛びたくはないだろう」
人間だって本当は生まれたくはないさ。
「生き物はみんな本当は生まれたくはない」
誰も死にたくはないから。
「命の誕生を祝うのは最凶の欺瞞だよ」
惨めすぎて笑うしかないのさ。
「欺瞞のラスボス。人間にはとうてい倒せないぜ」
これからも誕生を祝い続けるんだろうなあ。
「誰にも倒せないからな」

>出て、まっすぐです。迷いません。
>まっすぐ?
>一本道です。
>一本道?
>大きい交差点を過ぎたら…
>交差点?
>まっすぐ行って下さい。
>交差点を?
>曲がらないでまっすぐ。
>交差点をね?
>あとは一本道。
>迷いませんか?
>迷いませんよ。

一本道は直線ではない。あらぬ方角に歩き続ける時間帯が必ずある。そして大抵の「一本道」にはたくさんの脇道さえある。山奥でもない限り一本道は決して一本道ではない。「慣れ」とは見えなくなり、気付かなくなること。データは丸められ、事実は心象に置き換わる。殆ど全ての一本道は省略と思い込みの産物。曇りなき眼には決して映らない幻。現実にあるのは折れ曲り、次々に枝分かれしていくタダの道。

日が落ちた。
「闇は光を求める者の忠実な執事さ」
遠くに煌々と輝く建物。
「まず間違いなくあそこだな」
名ばかりの一本道と決別し、道ではない場所(おそらく駐車場、でなければ工場か倉庫の敷地内)を、キャリーバッグの底のコロを鳴らして進む。初出勤でボロボロにされるのは末端労務者の宿命で諦めるしかない。

フェリー乗り場に着いた。