忘年会で散々飲んで、それじゃあまた、と店の前で別れたのはいいが、大雪の路上でタクシー三台に無視され、やっと止まった四台目は後ろから割り込んで来た知らない女に乗られ、いっそ歩いて帰るかと歩き始めたら、こんな大雪なのに寒さを全く感じないので、相当に酔っているなあ、と我ながら心配になりつつも、歩き続けていれば寒さは気にならないのも事実で、けど、もちろん、真冬の夜に酔っぱらいが一人で長い道を歩いて帰るのはちょっとした賭けだから、もしかしたら俺は死にたいのかもしれない、などと思いながら、こっちの方が少しだけ近道だと知っている路地に入ったら、そこは思っていたのとは全く違う袋小路で、行き止まりの塀の前に雪に埋もれかけた飲み物の自販機があり、じゃあせっかくだから熱い缶珈琲でも買うか、とポケットから財布を出したところで全商品に売り切れランプが付いているのに気付き、ルートマンがサボったのか、こんなドンツキだから存在自体を忘れられたか、いやまさかそんな、などと考えながら、財布をポケットに戻して回れ右をし、その拍子にバランスを崩して雪の上に倒れ、ナニカで頭を打ってそのまま気を失った。
と、そんな記憶。
気付くと俺は自分の携帯を握って雪の中に半分埋もれていて、見知らぬ小柄の女が、俺を雪の中から引きずり出そうと俺の脚を掴んでグイグイ引っ張っていた。俺はその刺激で意識を取り戻したらしい。
あ、アンタ、気が付いたんなら自分で出なさいよ。
と、その小柄の女は云った。体は小さかったが子供ではない。銀色のヘルメット、二眼ゴーグル、白いマフラー、茶色の革のツナギ。つまり古典的バイク乗りスタイル。ただ、バイクには跨がってなかったし近くにバイクも止めてなかった。
俺は立ち上がって雪を払った。バイク乗り風の小柄の女は俺が倒れていた場所に屈み込むと、手袋をはめた両手でそっと雪を掻いて何か探し始めた。
いた!
小柄の女は手袋を脱いで、素手で雪の中からナニカをつまみ上げた。見せてもらうと小さな黒い虫だった。
なに?
アリギリスよ。
アリギリス?
小柄の女は背負っていた鞄を降ろして中から瓶を取り出した。瓶には金色の液体が入っている。瓶の蓋を開け、今拾った虫を金色の液体に沈めた。
虫は一瞬モガいてすぐに動かなくなった。
アリギリスはアリのフリをしているキリギリス、と瓶の蓋を閉めながら小柄の女が云った。そして、今のアンタにピッタリでしょ、と続けた。