太った公選弁護人の意外な俊足に置き去りにされた俺は田舎道に迷いこんだ。道の脇に草むらがあり、草むらには踏み固められて出来た小道があった。道を外れて草むらの小道を進むと、ブラックブーザーが頭の上を通り過ぎた。
(ブラックブーザー?)
まあいい。
僕は珈琲屋を見つけ、中に入った。
僕は一番奥の一人で座るための小さな席に陣取った。
カウンターの向こうに眼帯をした片目のマスター。
右目だけでこちらを見ている。
僕はマスターを知っている。
マスターも僕を知っている。
僕たちは旧知の仲だ。
マスターはブラックブーザーを知ってるだろうか?
店にはウエイトレスがいないのでマスターが来た。
今日はどうしたんだね?
人とハグレてしまって。
太った公選弁護人のことかね?
誰ですかそれ?
では、ミカだね?
そうです。
なら、テリーボックスを試しなさい。
クスリですか?
私が独自に開発した珈琲だよ
豆ですか?
そっちの開発じゃない。
僕はテリーボックスを注文した。
マスターが行ってしまうと、僕はミカのことを考えた。
どこでハグれたのだろう。
どうもハッキリしない。
いつも二人でいたので、急に一人になると変だ。
寂しいのとも違う。
なにかスースーする。
マスターがテリーボックスを運んできた。
見ためは珈琲牛乳に似ている。
確かに似ているが全然違う。
どう、全然違いますか?
試してみたまえ。
僕はテリーボックスを飲んだ。
普通の珈琲牛乳だ。
どうだね?
どうって。
美味しいわ。
なかったはずの正面に席がある。
そこにミカが座ってテリーボックスを飲んでいた。
美味しさの秘密は珈琲に混ぜられているこの白いモノにありそうね、とミカ。
CMの台詞みたいだ。
その通り、とマスターが引き継ぐ。
しかし、白いモノの「配合」を知っているのは世界で三人だけ。
盗難を防ぐためにメモも書類も何もない。
「配合」は三人のアタマの中にだけあるのさ。
だから、彼ら三人は決して同じ飛行機には乗らない。
飛行機は落ちるときはあっさり落ちるからね。
マスターは自慢げに話したが、それ、知ってる。有名。
でも、それは別の飲み物の話だ。
三人が乗った別々の飛行機がいっぺんに落ちたら?
とミカ。マスターは頷く。
もはや世界にそんな白いモノは必要ないということさ。
マスターはカウンターの向うに帰った。
僕はミカに訊いた。
どこに行ってたの?
どこって、傘が要るっていうから取りに行ってたんでしょ。
そのなの?
そうよ。
僕はミカから黒くて古い蝙蝠傘を渡された。