「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年12月3日月曜日
現の虚 2014-4-1【象のような機械】
夜のビルの窓から這い出してきた小さな人影は、屋上から垂れ下がったロープにしがみ付いて窓の外にぶら下がっている俺に気付いて、暗視ゴールグルをつけた顔を向けて少し考えていたようだが、しかし結局俺に対しては何もせず、蜘蛛かヤモリのように、つまり、頭を下に尻を上にした状態で、そのままビルの外壁を這って降りて行った。
俺はソイツが出た窓から中に入った。
廊下だった。まっすぐ歩いて〈箱庫〉と書かれた部屋のドアを開けた。読み方は分からない。ハココか。ハココの中は段ボール箱の山。畳まれた段ボール箱ではなく、直方体に組み上げられた段ボール箱が、部屋いっぱいに隙間なく積み上げられている。一見、行き止まりのようだが違う。一番下の右端の段ボール箱の向こうが人一人が通れる〈通路〉になっていると手引書に書いてあるからだ。
俺は、問題の箇所の段ボール箱を抜き取り、四つん這いになって〈通路〉を通り抜ける。右右左でガランと広い工場に出た。人の姿はない。象のような大型機械が独りで動いて尻からポロポロと何かを落としている。石鹸に似た白い四角。それが、今通り抜けて来たハココにあったのと同じ無地の段ボール箱の中に溜まっていく。
俺は反対側にある荷物運搬用エレベータに向かった。
稼働中の工場への立ち入りは大変危険です。速やかに退出して下さい。
構内にやさしい女の声が響く。だが女じゃない。機械だ。赤外線センサーが反応して合成音声が喋っているだけ。ここにはもう何度も来ているからそういう全てが俺には分かっている。と、なぜか俺は思う。だが、来たのは初めてだ。俺は手引書を頼りに行動している。
荷物用エレベータの扉を開けて乗り込む。足下に何か落ちているのに気付いて拾ってみると、それは例の象のような機械の尻から出ているアレらしかった。石鹸ではない。合成樹脂的な白いツルツル。完全な無地。
ダメですよ。
男の声に振り返ると「班長」がいた。胸の名札にそうある。
持って行っちゃダメです。
俺は白いツルツルを班長に渡す。班長は受け取りながら云う。
最高機密ですからね。持ち出されて分析されると、配合が分かってしまう。そうなったら、もう、なにもかもオシマイです。代わりにこれをあげましょう。
工場長が板ガムを差し出す。俺は板ガムを受け取り口に入れる。白いガムなのに珈琲味。
それにもコレは含まれていますから、と、班長は白いツルツルを示した。俺は頷いてガムを噛み続ける。