2018年12月7日金曜日

現の虚 2014-4-3【鍵男】


荷物用エレベータを降りた所で白いスーツを着せられた。ただし靴はない。靴下もない。相変わらずの裸足だ。その格好で渡り廊下を歩く。連れがいる。俺に白いスーツを着せた太った男だ。アナタの公選弁護人ですと云うコイツ自身は黒ずくめ。

スーツの内ポケットに新しいガムが入っていますよ。

俺は内ポケットからガムを取り出し、口に入れる。白いガムなのに珈琲味。

渡り廊下の終わりに点心の屋台が出ていた。アレを買うべきです、と俺の太った公選弁護人が云う。あそこで包子(パオズ)を4つ、是非買うべきです。買うとしてもふたつで十分だろうと答えると、いや、4つです、と譲らない。俺は包子を4つ買った。

廊下を曲がって会議室(使用中)のドアを開ける。中には誰もいない。壁際にあるホワイトボードに、漢字で「不即不離」と書いてあり、その下に「つかずはなれず」とフリガナが振ってある。メモはしないで覚えて下さい。陪審員たちの心証が違いますから、と俺の太った公選弁護人の助言。

会議室の奥のドアを開けると、エッシャーのだまし絵のような天地左右が複雑に絡み合った空間が現れた。ウカウカ踏み込めば死ぬまで迷うことになるだろう。

大丈夫です。

そう小声で云った俺の太った公選弁護人は、今度は声を張って、証人をこちらに、と云った。すると背後から全身白塗り全裸の痩せた男が小走りで現れ、俺の前に立った。全身白塗りの全裸男は合掌した指を複雑に絡み合わせている。空中に〈鍵男〉の文字が浮き出た。カギオトコではなくカギオと読みます、本名です、と俺の太った公選弁護人が解説する。さあ、先ほどの四文字熟語を証人に耳打ちして下さい。

俺がつかずはなれずと耳打ちすると鍵男は複雑に絡み合わせていた両手の指をほどいて手を開いた。同時にエッシャーのだまし絵のようだった空間が収斂してただのビルの空きフロアになった。証人の手にさっき買った包子を持たせてください、両方の手に二つずつです、と俺の太った公選弁護人が早口で云う。俺は袋から包子を取り出し、仏像みたいに両手を広げている鍵男の、それぞれの手に二つずつ包子を乗せた。鍵男は無言で両方の手の包子を交互にガツガツと食べはじめた。急ぎましょう、証人が包子を食べ終えて再び両手の指を絡み合わせる前にこの場所を通り抜けなければなりませんから、と、俺の太った公選弁護人。太った体で走り出す。

意外に速い。出遅れた俺は見る見る引き離されていく。