「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年12月5日水曜日
現の虚 2014-4-2【要人と護衛】
乗っていた荷物用エレベータが一旦止まり、俺が乗り込んだときとは反対の壁が開いた。そこから更に三人が乗り込んできた。三人ともが俺と同じようにガムを噛んでいる。その三人は、正確には一人と二人だ。一人の要人と二人の護衛。身なりと雰囲気で分かる。
その一人の要人が俺に云った。
ガムの味が続く間だけ我々は繋がっていられる。手短かに伝えよう。4人がアソコで姿を消した。5人目は辛うじて帰ってきたが今やすっかり廃人だ。外から鍵を掛けられた個室で一日中家具の配置について心を悩ませている。つまり私のことだがね。
俺は頷く。
君に伝えておきたいのは、アソコのあらゆる現象には場の力が作用してるということだ。場だよ、フィールド。分かるかね?
俺は答えられない。
無理もない。しかし、理解出来なくても、あらかじめ知っているということは重要だ。アソコが場の力によって支配されているということを知っていれば、いざという時とても強い。ともかく私は今、ある施設に収容されてる。そこで、私自身によって完璧に配置された家具に囲まれて暮らしている。位置はもちろん方角にまで細心の注意が払われた配置だ。部屋の床に無数に書き込まれた線と数字からもその精密さが分かる。彼、いや、私はこう考える。ある法則に基づく完璧な配置が完璧な空間を生み、それが場の力を逸らす働きをすると。場の力はアソコにだけ存在するとは限らないのだから用心するに越したことはないのさ。
謎の要人は急に俺に顔を近づけると声を顰め、ともかく、アソコでうまくやるには場の力を逸らす方法を完璧にモノにしなくてはならんのだ、と云った。
君ならやれる。
謎の要人はしばらく瞬きもせずに俺を見ていたが、不意に顔を歪めて笑った。
そういう私は全然駄目だったがね。今はまだマシだが、あの時は全然……そう、それと人工衛星に気をつけなさい。アレが現れる時、場の力は最大になる。
人工衛星?
謎の要人は俺に顔を向けたまま黙って上を指さした。俺は顔を上に向けた。エレベータの天井が見えるだけだ。俺が視線を戻すと、謎の要人は満足げに頷いた。
今はいない。大丈夫だ。
その時、噛んでいたガムの味がなくなった。途端に、謎の要人はマウスピースを咥え拘束衣を着せられた〈患者〉になった。両側を屈強な看護師の男に支えられ自力で歩くのもママナラナイ。引きずられるようにしてエレベータの外に連れ出された。
俺はエレベータを閉じ、更に降下した。