2018年12月21日金曜日

現の虚 2014-4-8【盗まれた手紙】


来た道を地図の上で辿って赤いバツ印を確かめる。もうこの辺りだ。

ちょっと。

いきなり後ろから声を掛けらてギョッとする。こんな辺境の地に他に人間が居るとも思えない。一瞬アイツ(砂漠谷)かと思ったが、違った。振り返ると、アンドロイドの郵便配達員が立っていた。昔から辺境の郵便局員は異星人かアンドロイドと相場が決まっている。この郵便配達員はアンドロイドの6型だ。目で分かる。瞳孔が赤くうっすらと光っているから。アンドロイドは感情が高ぶると瞳孔が赤くうっすらと光るのだ。ということは、このアンドロイドはなぜか今コーフンしているということだ。理由は思い当たらない。僕は用心した。

何か用かい?

郵便配達員は肩から提げた鞄をモゾモゾやって、これを、と黄色い封筒を差し出した。僕は警戒しながらそれを受け取った。宛名は僕になっていた。だが、既に封が開いていて中身がない。

盗まれましたよ、遠の昔のすっかりと。

郵便配達員が気の毒そうに顔を歪める。

盗んだ者だけが手紙の内容を知っています。差出人はすでにこの世にいないのです。

僕は封筒を裏返し、差出人を確かめた。僕の双子の姉だ。僕はそのとき初めて姉が死んだことを知った。双子はそれぞれの身に起きたことをお互い察知し合うと云うが、あんなのはウソだと思い知った。今、この機械の人間に教えられるまで姉が死んだことなどチットモ知らなかったからだ。虫の知らせも、原因不明の胸の痛みも、夢枕に誰か立つお告げも、何もなかった。

しかし、いつだろう?

ワタクシの前任者が襲われ封筒の中身が奪われましたので、差し出し人に連絡を取ったのですが、その時にはすでに亡くなっておられました、とアンドロイドの郵便配達員は云って、一枚の写真を見せた。それは墓の写真で、墓石には姉の名が刻まれていた。確かに姉は死んでいた。だが、墓石に刻まれた日付がおかしい。姉が死んだ年が今から千年も未来になっている。

そのとき墓石の裏から姉の声が聞こえた。墓石の写真を見ていただけのはずの僕は、その懐かしい声につられて、ついうっかり〈実際に〉墓石の裏に回りこんでしまった。そして、そこにあの〈穴〉を見つけた。アイツ(砂漠谷)の罠だと気付いたときにはもう遅かった。

そもそも僕に双子の姉などいない。

墓石の裏のブヨブヨと蠢く肉色の〈穴〉が、すごい吸引力で僕を吸い込んだ。僕は、温かく柔らかだが恐ろしく生臭い、その〈穴〉の中に閉じ込められた。