2019年5月29日水曜日

9-4:或る種の共振作用


「或る種の共振作用の応用でしょう」
てつねこ一門現当主ムトーカ君は、或る時悠然とこう述べた。一方、我輩は、ムトーカ君の鮑の貝殻の中に残ったドイツ製の乾燥飯を齧るのに忙しかった。
「音叉というものは、こっちを叩いて鳴らすと、叩いてないあっちが同じ音で鳴り出すでしょう。あれに似てます。だから人間なら何でもいいというわけでもない」
我輩は顎を動かすの一旦やめて「まさに波長が合う合わないという話ですな」と返した。ムトーカ君は頷いた。
「人間の身体で精神の共振作用を起こして、猫語を人語として発声させるのです」

言うまでもないが、我々猫族が人語を話せないのは知性の問題ではなく身体の問題である。この問題を克服したのが初代てつねこである。てつねこは、その秘術によって、意思を人語に変換し直接他の人間に伝えるのである。それが何の得になるのか。人間が生み出した文明の利器を最大限に活用できる。織物、冷暖房、書籍、通信、保存食料、移動機械などが使い放題である。

人間の社会装置は、当然ながら悉く人間の身体に最適化されており、人間の背丈、人間の手、人間の目、そして人間の言葉があって初めて便利に使えるものである。猫の身体を持つ我々には非常に使いづらい。もしも我々猫族がそれら様々を便利に活用しようするなら、ゼヒトモ必要なのは人間の身体である(先にも述べたが人間の知性は全く必要ない)。しかしそれだけのために、哺乳動物の最高位を捨て、エサの地位に身を窶すのは実際惜しい話である。いや実際、進化への冒涜である。

そこで、てつねこ一門の秘術である。その本質は、人間を或る種の「周辺機器」としてしまうことであり、更に言うなら「拡張身体」としてしまうということである。あるいはやや古い用語を用いて、[「延長された表現形」として生きた人間を取り込む]と言ってもいいだろう。ともかく、そうやって、人間の作り出した成果を我が物とするのが、てつねこ一門の秘術の真髄である。

ここで一つ重要な事実を述べておかなくてはならない。てつねこ一門が人間を操って引き出した[様々な知見/知識/経験]すなわち利益は、なにもてつねこ一門が独占する訳ではない。てつねこ一門が獲得した全ては、猫族全体で即時的に共有されるのである。何故か? そこには、人間とは全く異なる[我々猫族のアリヨウ]というものが関係している。言わずと知れた、「一つの魂にたくさんの体」仮説である。