2022年3月11日金曜日

自然淘汰の呪縛

人間の学者は、生命とは「代謝・自己複製・膜」であるなどと、わかったようなことを言うが、それは、絵画とは「色・線・枠」などと言っているのと同じ「的外れ」。生命とは、自然淘汰によって進化する現象のことだ。生命が進化するのではなく、「進化する現象」が生命なのだ。そして、ちょうど、車が前進するオオモトの仕組みが、エンジンのシリンダー内のピストン運動であるように、進化の具体的な仕組みが自然淘汰である。


厄介なのはこの自然淘汰で、それは、自分と他者を作り出す原理であり、なおかつ、他者ではなく自分に利益を与えるものを優遇する原理である。平たく言えば、「自分の得になることだけをやれ」なのだから、生命現象依存型知性現象である人間がいつまで経っても争いをやめられないのは、至極当然、モットモなことなのだ。これが即ち自然淘汰の呪縛。この呪縛があるからこそ、人間の行き着く先はどうしても自発的絶滅にならざるを得ない。


(『人間の終わり』より抜粋)