2020年2月20日木曜日

「自分という生き物1匹でも充分モテアマシてるのに、この上、何を好き好んで、ねえ」

なぜ猫を飼わなかったのかと訊かれたオカバヤシハルオが、その理由として答えたのが上のセリフ。同じ理由で未だに一人暮らし。「猫を飼わなかったのか」と過去形なのは、今は1匹の拾い猫(雑種)を飼っているからだ。

「飼ってるというか、まあ、置いてやってるって感じだよね」

年齢不詳。60前後に見えるが、実はもっと若いのかもしれないし、逆にもっと上かもしれない。老けた50歳と、若い70歳と、本当の60歳の体感としての違いは、当人も含め誰にも区別がつかない。役所の出生記録や親の主張がそうだからそうなんだろう、と言えるだけだ。

オカバヤシハルオは、世界のどこにも存在しない野球チームのエンブレム(変形したAに見える)が張り付いた野球帽をかぶって、大きめのママチャリで街をうろつく。すなわち自動車免許を持ってない。

「必要ないからね。ツマラナイってものもある。街中でチマチマ運転なんか、バカらしくやってられんでしょう。赤で止まって、青で動いて。危ないってものもある。道の真ん中によろよろ飛び出してきたボケ老人を跳ねたら、自動で人殺しにされちまう。免許を持ってないだけじゃないよ。ちょんまげだって結ってないし、ふんどしも締めてない。これはあんた達も同じでしょう。時代時代のアタリマエにイチイチ振り回されて、時間やカネや体力気力を無駄遣いするこたぁないよ」

オカバヤシハルオは、「この前の世界大戦」の南方の島の激戦地の生き残りだという。当人の主張だ。オカバヤシハルオ行きつけの居酒屋の女将さんもその話を聞いたことがあるらしい。しかし、最も最近の「この前の世界大戦」に兵隊として参加していたとしても、明治百五十年の今では、もう百歳近いはずで、この話は、オカバヤシハルオ一流のデマかホラだということになっている。曰く、

「アタクシの部隊はアタクシひとりを残して全滅してしまって、アタクシはたったひとり、島に取り残されたってなワケです。で、途方に暮れていたら、ある時、墜落している紫電改を見つけた。これを修理し、飛ばせるようにしてからは、終戦までずっと、島の近くを無警戒に飛ぶ敵さんのヒコーキにちょっかいを出して憂さを晴らしてましたよ。全部で20機くらいですかね、撃ち落としたのは」

ラッキーストライクのオカバヤシハルオは酔うと言葉遣いが丁寧になるタイプだ。