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2020年9月10日木曜日

「ロビー活動」……議員への賄賂を再定義したもの

 

2020年9月10日 木曜日/午前中雨、午後から曇。涼しい。


『ぐるナイ』で、ナインティナインの結成30周年を記念して、二人が十五年ぶりにコントをやった。客席にタモリを招いて。ちゃんと面白かったので、これからもやればいいのにと思った。バラエテイのMCとかばっかりだと、逆に「消耗」するはず。「創造行為」ってのは、人間に生きる気力を与えてくれるが、バラエティには、コントをやるほどの「創造」性はないだろう。「家事」ばっかりやってると、生きていくのは「イヤ」になるぜ。@ここでいう「家事」は、「てつねこ」がいうところの「家事」ではなく、普通の意味の家事。



David Graeber『負債論』メモ:


魔法使いが無から貨幣を創造できるのは、その背後に銃を持った男が控えているからだ。

[p538/8]


合衆国は自らが制空権を持たない戦闘をしたことがない。

[p541/8]


負債懲役制度は、依然、労働をグローバルに徴用する主要原理である。――賃労働者やサラリーマンの主観的にはそうだ。彼らは自分たちがあくせく働かねばならないのは、何よりまず利子付きローンの支払いのためだと感じている。

[p544/20]


中国の視点に立ってみると、まさにこれは合衆国を、伝統的な中国の属国=冊封国(さくほうこく)にしていく長期の家庭の第一段階であると考えても構わないだろう。

[p550]


ポンジスキーム……出資者に対して「利益を還元する」と偽り、別の出資者から徴収した金銭を以前からの出資者に配当として渡す詐欺。

[p551]


「ロビー活動」……議員への賄賂を再定義したもの。

[p556]


市場の現実の歴史は、私たちが教え込まれてきたものとは全く別物である――それは古代メソポタミアの大掛かりな行政システムの副産物であった。それらは主に信用によって機能していた。現金市場は戦争を通して現れた。それはもともと兵士たちへの支払いのために考案された。租税と貢納政策(こうのうせいさく)を通して形成されたが、のちにそれに加えて、それ以外の多くの領域でも利用される。

[p568]


だからこそ私は、勤勉ではない貧者を言祝いで本書を終えたい。少なくとも彼らは誰も傷つけていない。新しい経済秩序の先駆者とみなすべきだろう。

[p576]


つまるところ、負債とは約束の倒錯に過ぎない。それは数学と暴力によって腐敗(corrupted)してしまった約束である。

[p578]

2020年9月9日水曜日

重商主義的共和国の商人階級は、政府債務の引受手というより、政府の所有者であると自負するようになった

 

2020年9月9日 水曜日/晴時々曇。どちらかと言うと暑い


David Graeber『負債論』メモ:


重商主義的共和国の商人階級は、政府債務の引受手というより、政府の所有者であると自負するようになった―

[p500/12]


その銀行券は事実上、王が借りている額面の約束手形だったのである。これが世界初の独立した国立中央銀行で――

[p502/02]


連中たるや、[実際に手にしていたことなどない金銭]の返済を要求するために、手帳と台帳を操作して「無から何も生まれないと考える自然哲学者を笑い飛ばす」

[p507/10]


もともとこの語(資本主義)を発明したのは、社会主義者たちだった。――かつて非人格的仕組み…

[p510/06]


身元不明の山師が興したとされる「大きな利点があるが、それが何なのか誰にもわかない事業を運営する会社」→ロンドンの全住民が同じ妄想を抱いた。無からカネを生み出すことができると信じたのではない。無からカネが生み出せると信じるほど他人(自分以外)は愚かである、と妄想したのだ。――そしてまさにそのおかげで、実際に無からカネを生むことができるのだ――と。

[p514/1]


「現物支給制」(truck system)=「負債懲役」→被雇用者は実質的に奴隷である。プトゥマヨ・スキャンダル

[p515/11]


資本主義はいかなる時点に於いても「自由な労働」をめぐって組織されたことなどなかったのである。

[p517/1]


資本主義はその本性に於いて自由とつながっているという大前提に大混乱を引き起こす――

[p518/1]


今も昔も賃労働と奴隷制の間には、興味深い類似がある――主人と奴隷の関係も、雇用者と被雇用者の関係も共に、原理的には、非人格的だからである。

[p519/3]


モデル化(理想化)された市場を現実と思い込んでしまい、その前に跪いて神のように崇め始めてしまう。自分自身の手に拠る被造物にひれ伏し崇め奉る人間の傾向をよく理解していたカール・マルクスは――

[p522]


資本主義的経済関係と、科学的知識の進歩、民主主義的政治は、それぞれが不在でも生じ得た、本質的に独立した現象であるとみなす方が、より妥当なのではないか――

[p523]


アステカ族の慣行の中には自暴自棄を感じさせる性質がある――途切れることなく人間の心臓が糧とならねば太陽は世界を道連れに死んでしまうという確固たる信念――

[p526/18]