2018年4月3日火曜日

2-3:漂流者


朝の食堂が開く前に具合が悪くなった。核実験で生まれた怪物に近づき過ぎたせいだ。強めの放射線。その影響だろう。医務室に行く。
「船酔いだね」
煙草を咥えた船医が云った。火はついてない。睡眠薬を渡される。
また寝る?
「寝るのが一番」
さっき起きたのに?
「そのための睡眠薬」
ここで飲んでも?
「どうぞ」
水を貰う。眠くなった。
ベッド借りれますか?
「悪いね。先客が居るんだ」
覗くと半透明のビニールに包まれた大きな人体。
死体?
「まさか」
船医がビニールを少し開く。大きな顔が見えた。体温計を咥えている。
「…ないね」と体温計を振る船医。大きな顔が何か云った。
「疲れたって?」と船医。大きな顔は「Zigarette…」と口元を指さす。
「なんだ、煙草かい?」
三人で煙草を吸う。

大男は北極から流氷に乗って来た。海水温が上がって流氷が溶けてからは、ビニールに包まって漂流した。そこをビニールごとフェリーに救助されたのだ。救助された大男はドイツ語を喋る。フランス語と英語も出来る。だが日本語は分からない。船医とはドイツ語で話した。

大男:機能不全を起こした身体Aから脳Aを取り出し、一方で、脳死状態の身体Bから脳Bを取り除きます。脳Aを身体Bに移植するとき、延命されるのはAでしょうか、それともBでしょうか。

船医:人間の本質は人格すなわち意識だろう。意識は殆ど脳に由来する。だから、延命されたのはAになるだろうね。

大男:脳自体をツギハギにしたらどうですか。脳の一部を取り除いて別の脳の一部と置き換える。それを何カ所も繰り返しひとつの脳にする。その時その脳に宿る意識はどうなるでしょう。最大勢力を占める意識が全体となるでしょうか。複数の意識が混在する多重人格となるでしょうか。

船医:そのような脳の結合は少なくとも現代医学では不可能だよ。しかし、思考実験としては興味深い。

大男:私の脳は元は4人の人間の脳です。大勢が巻き込まれた爆発があり、その時、或る悪魔的な技量を持つ無免許外科医が現れ、4つの壊れた脳から一つの完全な脳を作ったのです。彼は、4人のうちの誰か一人でも助けようとしたのです。その脳が今私の頭の中にあります。しかし私は4人のうちの誰でもありません。4人全員が混在しているのでもありません。私は、謂わば、5人目の新たな人間なのです。

三人は黙って煙を吐いた。
寄せ集められた脳の断片を音という物理現象と考えるなら、意識とは旋律だろう。

2018年4月2日月曜日

2-2:眼帯


暗いうちに目が覚めた。大して寝ていない。オカマの丸太の長話のせいだ。甲板に出たら、少々寒いがいい気分。ベンチで煙草をつける。空が徐々に明るくなる。

手摺りに海を見ている男。煙草を咥えて隣に行く。挨拶をする。挨拶が返って来る。眼帯がトレードマークの有名な若い博士で、英雄的行為を讃える写真入りの新聞記事を読んだばかりだからすぐに分かった。
「見えますか?」
博士が水平線を指す。独特の輪郭は遠くてもよく分かる。核実験が生んだ巨大怪物で博士の超兵器によって抹殺されたはずだ。
「違うのです」
博士に煙草を勧めると「どうも」と一本抜き取った。煙を海風に飛ばし、「戦争ですか?」と、こちらの顔の包帯のことを訊く。曖昧な返事に博士は頷き「私は目です」と自分の眼帯を指した。この時代の身体欠損はありふれている。整形手術は戦争が生んだ私生児。いや、人類の持ち物の多くが戦争の私生児だ。
「ご覧なさい」
博士が指さすフェリーのすぐ横の海中を怪物が並走している。
いつの間に?
「つきまとわれてましてね」
博士がオモシロそうに笑う。それから唐突に、
「人間が戦争をやめない理由を考えたことは?」
生物は全て蹴落とし合いで前に進む。共存共栄は生物にとってただの妥協。潰し合いこそが生物の駆動力。善いも悪いもない生物の本分。そして人間にとって今や競合者は人間のみ。故に人間は戦争をやめない。生物である限り戦争は人間の一部であり続ける。
博士は頷く。
「私は更に一歩踏み込んでこう考えました。戦争は或る備えになると」
怪物が海上に首を出した。臭う。
「つまり、究極の怪物の出現に対する備えです」
だがしかし、戦争のための兵器開発競争自体がこの怪物を産んだ。
博士は笑う。
「この程度のものを究極の怪物とは呼びません。これはただの公害です。あるいは事故です。究極の怪物は宇宙から来るのです。それは人間の営みの埒外から容赦なく襲いかかる。小惑星の衝突や全球凍結。あるいは老いて膨脹する太陽。つまりは宇宙の季節の巡り。それが究極の怪物です」
怪物がこちらを向いて口を開いた。背びれが光る。博士は怪物の口の中に煙草の吸い殻を投げ入れた。怪物は海水になって海面に流れ崩れた。
「その時々の最恐の敵を凌駕し続ける。それが最後に現れる究極の怪物を退ける備えになるのです。何物にも脅かされない生存になることが生命の最終目標であり、戦争とは生命の最終目標達成努力なのですよ、これが…」

2018年4月1日日曜日

石の地図


半分に割れた石の地図をポケットに持っている。
もう半分は誰かが持っている。
この星の上を歩き回る僕とその誰か。
石の地図を作った宇宙人のレーダー。
二つの点滅が、近づいたり離れたり。
一つになるのを待っている。

脳味噌泥棒


テレビを観てる間に脳味噌を盗られた。
あの、脳味噌泥棒の仕業だ。
僕の脳味噌を背負った怪盗。
国際警察を手玉に取り、地球の上を逃げ回る。
寝て、起きて、歯を磨く僕。
今、四輪駆動に揺られ、砂漠を南に向かってる。

蟻と煙草と宇宙の終わり


一匹の蟻がビルの壁を急いでいた。
人間の男が知らずにそこに煙草を押し付けた。
摂氏七百度の灼熱。蟻は小さな炭になった。
伝えられるはずだったメッセージは永遠に失われ、
この宇宙の終わりが賛成多数で可決された。

宇宙の侵略者


僕たちは昔から、異星人による容赦のない地球侵略と占領を恐れてきたけど、逆に、いつか自分達が他の惑星を容赦なく侵略し占領してしまう危険性については無邪気なほど無関心だ。僕が恐ろしく思うのはその点なんだ。

線を引くサル


木の棒で、乾いた土に線を引くサル。
大気の縁で軌道を守り続ける銀色の人工衛星。
太陽と月。海と空。風。
ヒトが滅びて二週間。
砂漠で水を探す蜥蜴は、今日も水のことだけを考えて生きている。
携帯電話の呼び出し音。

剥製の人


剥製の人が云う。
僕には中身がない。あるのは外側だけだ。
でもどうだろう?
中身だけで外側がない人を君は人だと思うかな?
僕はほら、ちゃんと人に見えるぜ。
けど、逆に中身だけなら?
絶対化け物にしか見えないよな。

電気スタンド


朝起きた
猫を怒らせた
女を殺した
友達に会った
蛇口のセールスマンが訪ねた
あの家のドアを開けた
百歳を越えた
片目の召し使いのことを書いた
旅人が持っていた
手紙を盗んだ
十歳のスリが誕生日に貰った
電気スタンド
消した

フライングマン


位置についてでもう走ってる。
段取り無用のフライングマン。
ブッチギリで負け知らず。
ゴールテープが間に合わない。
布団に入ればもう寝てる。
寝返り無用のフライングマン。
夢の楽屋に乗り込んで、台本破いて大暴れ。

空の雲から裸足の足


空の雲から裸足の足が一本飛び出す。
膝から下の男の足だ。
町を一つ、踏み潰した。
自衛隊のヘリコプターが足のまわりをブンブン飛ぶ。
ぼくらは隣町のビルの屋上からその様子を見ている。
足りない単位の話をしながら。

僕の猫を埋めに行く


僕の猫が死んだので埋めに行く。
靴の箱に入れて。
公園で怒られる。
だから、電車に乗って、階段上って、コーラを飲んだ。
知らない男の人が僕から箱を取り上げる。
その男の人は神様で、
だから、僕の猫は天国へ行った。

2-1:丸太


誰かが激しくドアを叩いて、火事だ、と叫んだ。
飛び起きた。
天井の通気口の唸り声以外の音はない。午前2時半。船窓の外は海(真っ暗で何も見えないが今はどの辺りだろう?)。念のために部屋のドアを開けてみた。誰もいない。ひっそりと通路が伸びている。
寝直す。
すぐにウトウトとなる。そこで隣のベッドから話しかけられた。よく聞き取れなかったので適当な返事をする。
…目を開けた。
二人部屋を一人で占領しているのだ。
…見た。
隣のベッドで丸太が寝ている。掛け布団から頭(?)だけ出して。比喩ではなく文字通りの丸太だ。丸太が云う。
「これでも元は松の木よ。今も松は松なんだけど。松はイタリアではピノって云うの。かわいいでしょ」
喋る丸太だが動くことは出来ないらしい。シーツの下でぴくりともしない。取って食われることは無さそうだ。起き上がって煙草をつけた。
「ちょっと…煙草はいいけど火には気をつけてよ。松は油分が多くて燃えやすいんだから。それにしてもアンタ、よくそんなの顔に巻いて煙草が吸えるわね」
余計なお世話だ。
喋る丸太はそりゃそうねと答えて、自分の話を続ける。
「私、前は人間だったんじゃないかしら。だって、木なんてオカシイわ。木に人間の言葉が喋れるなんて。きっと元は人間だったと思う。まあ、全然覚えてないんだけど。つまり、呪いかナンカで丸太にされたのよ。どう思う?」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。
「実はもう一つ考えていることがあって、つまり、東洋のリンネっていう考え方。リンネでは生き物はみんな生まれかわる。死んでもまた生まれかわる。しかも違うものにも生まれかわる。虫で死んで犬に生まれかわるとか、人間で死んで花に生まれかわるとか、そういうの」
ただの棒切れにしては知識が豊富だ。
「ただの棒切れって失礼ね。ただの棒切れは喋ったり考えたりはしないわよ。私は特別な棒切れよ…て、棒切れってナニさ。きっと前世は人間。それもケッコウな人間だったはず。じゃなきゃ今こんな感じのはずがないもの。人間の言葉を覚えてるなんて」
輪廻思想では前世の記憶は全て失われるはずだ。
「それよ。前世の記憶がないのは凡人でしょ。特別な人間はちゃんと覚えてるのよ。お釈迦様だって全ての前世の記憶を覚えていたわ」
大きく出たね。
丸太は喋り続ける。
「ねえ、アンタ、私で人形作りなさいよ。そしたら動けるし、きっと色々とお役に立てるわよ」
間に合ってるから。