「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年4月1日日曜日
2-1:丸太
誰かが激しくドアを叩いて、火事だ、と叫んだ。
飛び起きた。
天井の通気口の唸り声以外の音はない。午前2時半。船窓の外は海(真っ暗で何も見えないが今はどの辺りだろう?)。念のために部屋のドアを開けてみた。誰もいない。ひっそりと通路が伸びている。
寝直す。
すぐにウトウトとなる。そこで隣のベッドから話しかけられた。よく聞き取れなかったので適当な返事をする。
…目を開けた。
二人部屋を一人で占領しているのだ。
…見た。
隣のベッドで丸太が寝ている。掛け布団から頭(?)だけ出して。比喩ではなく文字通りの丸太だ。丸太が云う。
「これでも元は松の木よ。今も松は松なんだけど。松はイタリアではピノって云うの。かわいいでしょ」
喋る丸太だが動くことは出来ないらしい。シーツの下でぴくりともしない。取って食われることは無さそうだ。起き上がって煙草をつけた。
「ちょっと…煙草はいいけど火には気をつけてよ。松は油分が多くて燃えやすいんだから。それにしてもアンタ、よくそんなの顔に巻いて煙草が吸えるわね」
余計なお世話だ。
喋る丸太はそりゃそうねと答えて、自分の話を続ける。
「私、前は人間だったんじゃないかしら。だって、木なんてオカシイわ。木に人間の言葉が喋れるなんて。きっと元は人間だったと思う。まあ、全然覚えてないんだけど。つまり、呪いかナンカで丸太にされたのよ。どう思う?」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。
「実はもう一つ考えていることがあって、つまり、東洋のリンネっていう考え方。リンネでは生き物はみんな生まれかわる。死んでもまた生まれかわる。しかも違うものにも生まれかわる。虫で死んで犬に生まれかわるとか、人間で死んで花に生まれかわるとか、そういうの」
ただの棒切れにしては知識が豊富だ。
「ただの棒切れって失礼ね。ただの棒切れは喋ったり考えたりはしないわよ。私は特別な棒切れよ…て、棒切れってナニさ。きっと前世は人間。それもケッコウな人間だったはず。じゃなきゃ今こんな感じのはずがないもの。人間の言葉を覚えてるなんて」
輪廻思想では前世の記憶は全て失われるはずだ。
「それよ。前世の記憶がないのは凡人でしょ。特別な人間はちゃんと覚えてるのよ。お釈迦様だって全ての前世の記憶を覚えていたわ」
大きく出たね。
丸太は喋り続ける。
「ねえ、アンタ、私で人形作りなさいよ。そしたら動けるし、きっと色々とお役に立てるわよ」
間に合ってるから。