「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2023年7月16日日曜日
2023年7月15日土曜日
「本当の魅力」は「ニュータイプ」と「SF戦争ギミック」以外にある
2023年7月14日金曜日
『モンティ・パイソン/人生狂騒曲(吹替版)』:メモ
☆Prime Video/初めて観たけど、この作品が、映画(というもの)の「一周目」の終わりのような気がする。つまり、この作品以降の映画は、全て「二周目」に属するように思えてきた。冷蔵庫から出てきた歌手の歌(歌詞)が好い。
2023年7月12日水曜日
「夜中の夜明け」までは
2023年7月11日火曜日
『劇場版Gのレコンギスタ』(1)〜(5):総評
2023年7月10日月曜日
『劇場版Gのレコンギスタ・5』:メモ
△prime video/これで全部。最後まで「ライトノベルSF」だった。作者に守られているお陰で「絶対に死なない」子どもたちが「本当に人が死ぬ戦争ごっこ」をやる物語。SFオタクが、SFギミックやSF設定をふんだんに盛り込んで喜んでいるのは間違いない。富野さんには「子供」は描けないことがよくわかった。さんざん殺し合った同士が、物語が終わると、まるで、殴り合いの喧嘩くらいしかしてなかったみたいに、ケロッと仲良しになってるところが「怖い」。
結局、『Gレコ』って、凝ったギャグアニメだったんじゃないって、今は思ってる。嘗て、「ガンダム」で「カルピスこども名作劇場」をやってみたのが『∀ガンダム』だったように(そしてこれは成功している)、「ガンダム」で「タイムボカンシリーズ」をやってみたのが『Gのレコンギスタ』のような気がしてならない。
『犬神家の一族』のリメイク版を思い出した。作らないほうがよかったんじゃないかなあ。
2023年7月9日日曜日
『劇場版Gのレコンギスタ・4』:メモ
2023年7月8日土曜日
全く何の共感もできないことに驚く
2023年7月7日金曜日
『帰ってきたウルトラマン』の最終回が酷い
団時朗が死んだので、ULTRAMAN OFFICIALで『帰ってきたウルトラマン』の最終回を特別配信していた。観た。酷かった。物語も、人物描写もガラクタ。子供のごっこ遊びをテレビ放映していたとしか思えない。
重要な点は、特撮がお粗末だから観てられないのではなく、物語自体がお粗末だから観てられないということ。
前にも言ったことがあるが、『完全版純情パイン』におまけでついている、未発表漫画ネームが、そうとう雑な鉛筆書きなのに、読んでいてオモシロイ。商品として完成してなくても、オモシロイものはオモシロイのだ。つまり、特撮がしょぼいことは、作品が「観るに堪えないガラクタ」であることの理由にも言い訳にもならないということ。
『帰ってきたウルトラマン』に限らず、昔のあらゆる特撮モノは、(初代『ゴジラ』を除いて)今見ると、そもそも物語として観てられない。物語製作者として、あの「ふざけた態度」は何なんだろう? 子供を含めた視聴者(観客)を舐めてるのかな?
若いときにああいうシロモノに影響を受けて、年を取ってから、あんなガラクタをわざわざリメイクしている人達にとっては、「撮影を工夫するオモシロサ」が全てなんだろう。まるで、オカズばっかりに凝って色々作り直すけど、いつまで経っても米が不味い弁当屋や定食屋みたいだ。