「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年2月4日月曜日
現の虚 2014-6-8【ターマイト】
社会主義というのがありますが、そうではないデス。
裸電球ひとつがぶら下がった手掘りの地下室で、頭のデカい宇宙服のような白い無菌服の男が、茶色い包帯でグルグル巻きの俺の体をショテイの位置に納める。俺が寝かされたのは壁に掘られた横長の穴で、ここは地下死体安置所らしい。
共産主義でもありませんよ。もっと根源的なのデス。つまり僕らのやり方は、社会をひとつの生命体とみなす、ということデス。喩えではなく、文字通りに。
別の横穴に俺より先に納められていた何体かの包帯巻きからは、茸的なナニカが無数に生えている。訂正。ここは死体安置所ではなく、茸的なナニカの栽培室だ。そして俺は、もはやホタギなのだ。漢字で書けば「榾木」のホタギは、茸の類いを栽培するための苗床のようなものだ。
産む者と育てる者の完全なる分業デス。今の人間のやり方と、僕らのやり方、どちらがより優れているかは今後証明されるでしょう。
床に置いた銀色の立方体。白い無菌服の男が蓋を開けると、中から冷気が溢れ出した。冷気の底から封をした試験管を抜き出し、裸電球にかざして中身を確かめる無菌服の男。
ただ、あの連中と僕らの社会が同じだと思ってほしくはないのデス。あの連中の社会は異常デス。なにせ女しかいない。次世代用の材料としての男がほんの少しだけヒモ生活をしているだけで、あとは全て、上から下まで女デス。しかも、本当かどうか知りませんが、あの連中の女王は一生分の精液を溜め込んだ自分専用のタンクを隠し持っていて、つまり、そうやって、男の協力なしで自分一人で子供を産み続けるというじゃないデスか。本当でしょうか。おぞましいことデス。僕らの社会にはちゃんと女王と王がいて、つまり女と男がいて、その結果として子供が生まれるのデス。王家だけではありませんよ。僕自身がその証拠デスが、僕らの社会にはちゃんと男女の市民がいます。連中のような女ばかりで異様なアマゾネス社会とは違うのデス。
無菌服の男は注射器で試験管の中身を吸い取ると、身動き出来ずに横たわるホタギの俺に近づいて来た。
ヤバイ。
そう思った瞬間、突然部屋に長くてヌメッとしたモノに滑り込んで来て無菌服の男を掴まえると、彼をどこかに連れ去ってしまった。
天井の壁がボロンと崩れ、割れ目からオオアリクイが顔を覗かせる。オオアリクイは包帯巻きの俺を前足のかぎ爪で引っ掛けて持ち上げると、着いたわ。ここよ、とコビの声で云った。