死の概念を手に入れて以来、ホモ・サピエンスは死者に取り憑かれていた。故に、人工人格から「人工幽霊」という「亜種」が作られ、それで商売する者たちが出てきたのは当然の流れだった。
人工幽霊業界に拠れば、人工人格は「零から作り上げられた虚構」だが、人工幽霊は「嘗て実在した誰か」である。
しかし、人工幽霊業界のこの主張は間違っている。
人工人格の素は、膨大な数の「生身の誰か」が残した、様々な創造物である。つまり、人工人格の[個々の人格]は、実のところ、不特定多数の人格からの「抽出物」の「濃縮還元物」であり、断じて「零から作り上げられた虚構」ではない。
一方、人工幽霊は、謂わば「人格のclone」であり、元の人格にとっては、決して「自分」ではない。人工幽霊が「嘗て実在した誰か」として(誤って)通用してしまうのは、一卵性双生児の二人が同一人物だと誤解されるのと同じ「事実誤認」である。
人工幽霊に求められたものは、従来の霊能商売と同じである。顧客は、死者との再会を切望する遺族か、[鬼籍に入った先達]に助言を求める[政治家や経営者]達だ。輒ち、慰安と決断。
また、極めて娯楽的な需要から、所謂「歴史上の有名人」も人工幽霊として「召喚」され始めた。たとえ700万年前に処刑された女王であっても、人工幽霊にする工程は、昨日老衰で死んだ祖父と特に違いはないので、需要は直ちに満たされ、結果、地球は歴史の教科書の登場人物たちの亡霊で溢れ返ることとなった。
「実体」がないのが幽霊の相場だが、人工幽霊は、間もなく、物理的身体を持つようになった。人工幽霊用「身体」は、様々な価格帯の「商品」が販売されたため、どのような経済的境遇の人工幽霊であっても、その気になれば「身体」が手に入った。
物理的な身体を持った時点で、最早「幽霊」ではなく「resurrection:復活」なのだが、そもそも、人工幽霊の「前身」である人工人格の、そのまた「前身」である人工知能は、機械に人間並みの知性を持たせて、人間の労働を肩代わりさせる試みであり、物理的身体を持つことは、むしろ「前提」であった。よって、人工幽霊が身体を持つ上での技術的障害は何もなかった。
「虚構の人格」ではなく「嘗て実在した本物の人格」が物理的な身体を持つ存在になってしまったことで、ホモ・サピエンスの社会に動揺が生じた。所謂「Solid State Survivors」運動である。