2018年11月7日水曜日

原発子(はらはつこ)


原発子(はらはつこ)は昼も夜もなく働く。
それでいて小食。
風呂にも毎日入り、身なりにも気を配る。
顔は無論美しい。
だが、嫁に貰おうという者はいない。
蝿が落ちるほどクサイ糞を、毎日、山のように垂れるせいだ。

2018年11月6日火曜日

鉛筆削り


鉛筆を削る。
一日がかりで千五百本。
崇高な仕事だ。
機械はない。
この世界に鉛筆を削る機械はないのだ。
嘗て発明され、一旦は広く普及したが、今はない。

機械削りの鉛筆は如何なものか?

その筋の権威のこの一言以来。

現の虚 2014-2-3【第三試合 白マント対黒マント】


前の時と違う。前の時は椅子に座っていた。今は、枡席に座布団を敷いて座っている。俺の隣に三毛猫、その隣に猫の飼い主の老婆が座っている。観客の感じも違う。今回はみんな人間のようだ。みんな人間だが、みんな老人だ。ざっと見回しても80を越えてないのは俺と猫だけだ。そういう連中と一緒に見ているのは闘技場ではなく土俵だ。

カラス頭は7番目で、位は侯爵さ。でもインチキだけどね。

と、猫。俺は土俵に注目した。締め込み姿の力士ではない者が東西に別れて立っている。東には白い頭巾、白い覆面、白いスーツに白いマントの全身白尽くめの男。サングラスをしていて、それだけが黒い。西には、頭にツノが二本ある、口元が大きく開いた黒いマスクを被った大男。固そうな黒い防護服に黒いマントで、こちらは全身黒尽くめ。

黒い方が白い方より頭ふたつ分ほど背が高い。

ただ、両者が土俵中央に歩いたのを見て分かった。白い方も黒い方も、そのコスチュームの中身はまちがいなくヨボヨボの老人だ。今この瞬間にばったり倒れて死んでも誰も驚かない超高齢者だ。でなければ、高専生が授業で作った二足歩行ロボットだ。どちらも、そんな、ギクシャクでヨチヨチな動き。

黒い方は白い方を指さすと、下の歯が数本しか残ってない口を大きく開け、ナニカ云って挑発した。白い方は一歩下がって意味のよくわからないポーズを決め、その挑発に答えた。両者のパフォーマンスに観客席からまばらな拍手と弱々しい声援が飛んだ。

これからあの二人で相撲を取るの?
見てれば分かるよ。

土俵上の両者は、四股も踏まず、塩も撒かず、仕切りもせず、土俵中央でお互いの腰のベルトに手をかけておずおずと組み合う。豪華で高そうな装束の行司が、組み合った両者の手の位置や足の位置を確認する。行司は、組み合った両者の背中それぞれに手を乗せ、土俵下に陣取った羽織袴の五人の勝負審判に目配せをしてから、ハッキヨイ、と奇声を発っし、後ろに飛び退いた。

動かない。

土俵中央で組み合った白いマントと黒いマントの老人はビドウダにしない。じっとしている。動かない二人の周囲で、キラキラ光る装束の行司が飛び跳ねるように動き回り、ノカッターとか、ハッキヨイとか奇声を発し続ける。

なにこれ?
見ての通り、命を掛けた勝負だよ。

猫は真顔で答える。観客席からは動かない二人に対して、まばらな拍手と弱々しい声援が絶え間なく送られ続けている。

先に死んだ方が負けさ。

2018年11月5日月曜日

絶滅使用量


ある生物種が使える地球資源の総量は予め決まっていて
割り当て分を使い切った時点でその生物種は絶滅する。
滅び方は色々でも本当の理由はただ割り当て分を使い切ったから。
人類はきっと恐竜ほどには長生きできない。

現の虚 2014-2-2【一家五人惨殺】


もしや、と思って行ってみたらそうだった。一家五人が皆殺しだという。いや皆殺しというかこれは何かの事故だろう、と論評する者もいた。どちらにしろ新聞の集金なんか無理だ。みんな死んでしまったんだから。

そうだね、と店長は云った。こういうのは仕方ないね。

俺は、集金不能になった領収書を領収書の束から抜き取って店長に返した。店長は俺が渡した領収書に赤いボールペンで何か書き込んで手提げ金庫の中に入れた。

集金不能の領収書にも役目はあるんだ、と店長は云った。

次の日の新聞に、ものすごく小さく記事が出た。事件のあった住所。一家五人が不審死で、警察が事件と事故の両面で捜査中。それから死んだ五人全員の名前と年齢。それくらいの内容。数日後コンビニで立ち読みした週刊誌には、怪異な雰囲気を演出したもう少し長い記事が載っていた。現場は血の海で、しかし被害者に外傷はなく、しかも密室状態。毒物、ハイテク殺人兵器、殺人ウィルス、未知の気象現象、あるいは呪い。いろいろな憶測を書き散らしていて、バカらしい。

憶測ではない事実も書かれていた。

現場には蓋の開いたたくさんの小瓶が転がっていて、その殆どは空だったのだが、中身がわずかに残っていた瓶もいつくかあった。瓶に残っていたのは正体不明の金色の液体で、現在、警察の科学捜査班がその成分を分析中だという。

俺は肩掛け鞄に入れたままの小瓶を取り出した。この小瓶にも正体不明の金色の液体が入っている。記事の中の液体と同じものかどうかは分からない。全然関係ないとも思えない。根拠はないが、大いに関係がある気さえする。

俺は雑誌をラックに戻すと何も買わずに店を出た。コンビニの店員は、何も買わずに店を出る客にもアリガトウゴザイマシタと云う。アレはなにかヨクナイ気がする。感謝よりも非難に聞こえるからだ。

不動という珍しい名字の、若くて薄汚れた、何をして稼いでるのか全然分からない、けどカネ払いはすごくいい読者のところに集金に行ったら、今月分も今払うから明日からすぐに新聞を止めてくれと云われた。今月分の新聞代を日割り計算しようとすると、そんなのしなくていい、と先月分と今月分の二ヶ月分をまるまる出してくれた。この謎の若者は、何よりもこのカネ払いの良さで謎なのだ。

興味はなかったが、引っ越しですか、と訊いてみた。まあね、と相手は答えたが上の空だ。

カラス頭が来たから……

カネ払いのいい謎の若者はそう呟いた。

2018年11月4日日曜日

現の虚 2014-2-1【最初の二試合】


外国に来たわけではないのに、全く言葉が通じない気がする。

俺の横に猫が座り、猫の横には猫の飼い主がガムを噛みながら座っている。その周りに大勢の人間や、人間っぽい生き物や、明らかに人間とは違うナニカが座っている。その、周りの連中の発している声援や雑談の全てが俺には全く聞き取れない。聞こえないのではなく、聞き取れない。理解出来ない。意味のある言葉として頭に入らない。

コイツらと話しに来たわけじゃないから。

猫にそう云われて、確かにそうだと思う俺。アリーナの試合に集中した。

第一試合は、縞柄のちゃんちゃんこに下駄履きの片目の子供と、戦車のような大蜘蛛との対決だった。始まってすぐに片目の子供は大蜘蛛に捕まり、糸でグルグル巻きにされ、なす術無く大蜘蛛の溶解液で体を溶かされた。大蜘蛛が液体になった片目の子供を吸ってしまったのだから勝負はついたのだと思ったら、違った。溶けた片目の子供を吸った大蜘蛛が、いきなり腹を見せてひっくり返ると、八本の脚をぴくぴくさせながら、煙を上げて蒸発してしまったからだ。大蜘蛛が蒸発したあとの地面にはネバネバしたモノが残っていた。

で、勝敗は?

猫は無言。飼い主はガムを噛み続けている。客席が異様な雰囲気でざわつき始めた。ここでの試合は全て賭けの対象になってるからね、と猫が教えてくれた。

マイクを持った筋肉ムキムキのヒゲの審判部長が闘技場に駆け上がると、ざわつく観客席に向かって、勝敗について説明した。曰く、大蜘蛛は完全に蒸発しており、もはや再生不能だが、片目の子供は彼だった液体(例のネバネバ)を回収して処置すればすぐにも再生されるので、この勝負は片目の子供の勝ちだ、と。

片目の子供に賭けていた客達がワーと歓声をあげた。そうじゃない連中は投票券らしい紙を破いて空中にまいた。

次の試合は翼の生えた緑色の大男と、赤青黄桃緑の5色の衣装をそれぞれ着た五人組の、1対5の変則マッチだった。結果は翼の大男の圧勝。内容は凄惨を極めたとだけ云っておこう。その試合で闘技場が血の海になったので、ヒゲの審判部長によって清掃が終わるまでの中入り(休憩)が宣言された。

一旦家に帰った方が賢いね、と猫が云った。こういう場合の中入りは再開までに何日もかかるのが普通だし、半券があれば何日後でも再入場できるから。

再開をどうやって知る?

大丈夫。モノゴトは然るべき観察者がいて初めて決定されるのだから、と猫が云った。

地球最期の日の幽霊たち


とうとう太陽は気が触れて、地球は干上がった。
今度ばかりは生き物ぜんぶが完全消滅の憂き目。
(たとえウィルスを生き物に含めたとしても!)
地球最期の日の幽霊たちは細長くゆろゆろ揺れる。
絶滅の空の下。

2018年11月3日土曜日

現の虚 2014-1-9【「ダータ・ファブラ」の観戦チケット】


廃ビルの屋上に勝手に住み着いている女が一斗缶で火を焚いて、晩飯の支度を始めた。俺は、女が飼ってる猫のヒモを持たされている。晩飯の魚を取られないための用心だ。

切符を持っているということは電信柱の裏の男に会ったね、と猫が云った。更に、ヤツが電信柱の裏に隠れて姿を見せないのは、全身ひどい皮膚病だからさ、とも云った。

腕を見たけど、皮膚病という感じではなかったよ。
腕だけはベツさ。

予言どおり、猫はまた現れた。自販機に食べられた時とは全然違う猫だが、同じ猫だ。俺は猫に切符を見せた。猫は鮭の皮で出来た切符のニオイを嗅ぎ、噛み付いて口に入れると、ゴクンと飲み込んで、はい、けっこうです、と云った。

猫が顔を洗う。女が一斗缶の火で何か煮ている。廃ビルの夜の屋上。

その日の昼間、集金した金の入金に店へ行くと、店長が、正社員にならないかと誘って来た。訊くと、給料は今の4倍だが、毎日十時間以上も他人の金儲けの手伝いをすることになると分かったので断った。しかし、各種保険も完備だよ、と店長は云った。更に、生活がグンと安定する。車を買ったり、結婚したり、家を建てたり、子供が生まれたりということにもちゃんと対応出来るようになる。と、そういうことが人間にとってナニカとても重要なことでもあるかのような口ぶりで俺を説得しようとする。そうしながら、電卓を激しく叩いて、俺が集金して来た札束をすばやく数える。

それはつまり、正社員になれば、親戚に屠った豚を振る舞うとか、結婚相手の親にラクダを贈るとか、足にツタを巻きつけて崖から飛び降りるとか、毒蟻の群れに両手を咬ませてその毒に耐えるとか、全身に入れ墨を入れるとか、マヌケな髪型にするとか、赤ん坊の股間の皮膚の一部を切り取るとか、そういうことが出来るようになるという、そういうことだろう、と、一斗缶の火に当たりながら猫が云う。

そうじゃないよ。
そうじゃないのか?
そうじゃないね。

どちらにしろ、必要以上に詐欺の片棒は担ぐことはないさ。結局全ての商売は所詮は詐欺なんだから、と猫。ボーリングのピンのようなシルエットで座り、そして、いきなり吐いた。

猫の口から出てきたのは、さっき飲み込んだ鮭の皮の切符のはずだが、少し雰囲気が違う。女がヤカンの湯を掛け、箸で摘み上げ、更に湯を掛け、最後に指で摘んで広げた。飲み込んだ時より明らかに大きくなっている。

ダータ・ファブラの観戦チケットさ。

猫が云った。

途中で死ぬ


人間は途中で死ぬ。
本を読み終えずに死に、
プロポーズをせぬまま死ぬ。
予約の品を受けとらずに死に、
最終回を観ずに死ぬ。
ローンを払いきらずに死んで、
愛娘の成長を見届けずに死ぬ。
人間はきっとみんな途中で死ぬ。

2018年11月2日金曜日

ダカラナニ氏


ダカラナニ氏に会った。
英語で云えば、Mr. So Watt。
三つ揃いで決めた19世紀英国紳士風。
ステッキの先を僕の突きつけ、
「携帯電話を出したまえ」
勝手に自分の電話番号を登録し、
「必ず必要になる」と云った。

現の虚 2014-1-8【殺人事件の被害者がいつも善良とは限らない】


猫族は少ない魂がそれぞれたくさんの体を〈逆共有〉している。だから、道を歩いてるあの猫と屋根の上にいるその猫は、体は別でも中身は同じの場合がある。一つの魂にたくさんの体だから、同時に複数の場所に存在する。神的存在だとも云える。悪魔的存在だとも云える。それが我々猫族だ。

一つの魂で、たくさんの体を共有しているということは、一匹の猫が死んでも、たとえばまだ生きてる猫や新たに生まれた猫に、その死んだ猫の魂がそのままで宿っているということ。人間の云う輪廻転生とは違う。何度も云うが、一つの魂でたくさんの体だから。

まあ、一つの魂が一つの体しか持たない人間にはピンとこないだろうけど。

ともかく、猫はたくさんの体験を広く共有しているので、人間のマヌケぶりをけっこう色々とお見通しだ。漱石先生の「我が輩」が、人間について深い洞察を持っていたのはそういうわけだよ。

たとえばこの前も、テレビのニュースで知ってるだけのある殺人事件について、人間たちは、被害者のことを無条件で気の毒がり、加害者のことは悪魔のように云っていたけど、呑気なものだ。あの殺人事件、実は、悪魔と呼ぶなら、それは殺された被害者の方なのさ。それが真相。別に我々猫族だけが知ってる隠された事実じゃない。直接の関係者はみんな知っている。知らないのはテレビで報道するヤツらと、そのテレビを観るだけの、いわゆる部外者だ。

人間は、小説や映画で散々〈復讐に燃えた正義の主人公に殺される極悪人〉という存在を目にしてるのに、実際の殺人事件になると殺された方を無条件で気の毒な被害者だと思ってしまう。特に、殺されたのが若い女で、殺した方がその元恋人とかだったりしたら、あっという間に、イカレたストーカー男の魔の手にかかったカヨワイ女性という構図を作ってしまう。それはきっと、人間に生まれつき備わってる信仰なんだと思うね。

もちろん、実際、気の毒な被害者とイカレタ加害者っていう殺人事件もたくさんある。でもそうじゃないものも割とある。にも関わらず、殺人事件のニュースを観て「怖いわねえ」と云うときの人間は、殺されるという事実と殺人者の存在だけを指してそう云ってる。殺された被害者こそが、真に恐ろしい存在だということだってフツウにあるのに、そんなことは想像すらしないで、いい気になって殺人犯のことをあれこれ批評するマヌケ面。

一つの魂に一つの体の人間は、何も見えてやしないのさ。

2018年11月1日木曜日

現の虚 2014-1-7【電信柱の裏の男】


集金用の領収書の束の中に先月までなかった客の領収書があった。いきなり現れ、既に半年分も溜まっている。古くからの客が先月末に他の集金人が担当している区域から、俺の担当区域に引っ越したのだ。この客、半年分溜めた新聞代は、とにかく半年遅れで毎月一ヶ月分ずつ払っているので、配達を止めるわけにもいかないし、集金に行かないわけにもいかない。

だが、住所を知らない。

実際に毎朝その客に新聞を届けている配達アルバイトのサカモト君に地図を描いてもらった。

行っても、あるのは空地と郵便受けだけですよ。

大学生のサカモト君は地図を描きながらそう云って、俺はまさかと笑ったが、実際来てみると本当にそうだった。家が一軒建つかどうかという狭い空き地に電信柱が一本あって、それに名前の書かれた赤い郵便受けが括り付けてある。プレハブもテントも掘建て小屋も、家的なものは何もない。掘り返した土の匂いのする空地があるだけだ。

俺は、電信柱の裏に誰か立っているのに気付いた。声をかける。

オカバヤシハルオさんですか?
そうだ、とおそろしいダミ声。
新聞の集金です。

電信柱の裏から腕がにゅうっと出た。掌に新聞代一ヶ月分ちょうどが乗っている。俺はカネを取り、一番日付の古い領収書一枚切りとって掌に乗せた。腕がにゅうっと電信柱の裏に戻る。

それじゃまた来月お願いします。

俺が帰ろうとすると電信柱の裏から、ちょっと、と呼び止められた。

切符を。
ウチはそういうタダ券のオマケはないんです。
ソウジャナイ。オマエの地下鉄切符を拾ったから返してやるよ。

電信柱の裏から延びた手が切符を摘んで立てている。身に覚えはなかった。俺は切符を手に取った。その未使用の地下鉄切符は紙ではなくナニカの皮で出来ていた。

鮭の皮さ。
サケって、魚の?
ナナイの伝統技法で作られている。
ナナイの?
そうだ。

ナナイが何なのかは知らない。しかし問題はそこじゃない。紙でも鮭の皮でもナナイでも何でも構わないが、なぜ、この切符を俺のものだと思ったのか、だ。

オマエの名前が書いてある。

云われて、鮭の皮の切符をよく見ると、確かに、うっすらと俺の名前。しかもどうやら俺自身の筆跡。

その切符を散歩猫に見せるといい。
散歩猫?
最近、会ったはずだ。
あの猫なら、昨日の晩に飼い主もろとも死にましたよ。
たとえそうだとしてもまた現れる。
死んだのに?
死は散歩猫を捕まえられない。散歩猫は死なない。

男は電信柱の裏で激しく咳き込む。

一人遊び


公園で一人腹這って雨に打たれる。
僕はここでこのまま死ぬ。
いや。本当は死にやしない。
ただの一人遊び。
でもそのうち本当になる。
一人遊びは死の予行。
どんな人間も死ぬときは一人。
一人遊びをしない子供はいない。