「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年11月4日日曜日
現の虚 2014-2-1【最初の二試合】
外国に来たわけではないのに、全く言葉が通じない気がする。
俺の横に猫が座り、猫の横には猫の飼い主がガムを噛みながら座っている。その周りに大勢の人間や、人間っぽい生き物や、明らかに人間とは違うナニカが座っている。その、周りの連中の発している声援や雑談の全てが俺には全く聞き取れない。聞こえないのではなく、聞き取れない。理解出来ない。意味のある言葉として頭に入らない。
コイツらと話しに来たわけじゃないから。
猫にそう云われて、確かにそうだと思う俺。アリーナの試合に集中した。
第一試合は、縞柄のちゃんちゃんこに下駄履きの片目の子供と、戦車のような大蜘蛛との対決だった。始まってすぐに片目の子供は大蜘蛛に捕まり、糸でグルグル巻きにされ、なす術無く大蜘蛛の溶解液で体を溶かされた。大蜘蛛が液体になった片目の子供を吸ってしまったのだから勝負はついたのだと思ったら、違った。溶けた片目の子供を吸った大蜘蛛が、いきなり腹を見せてひっくり返ると、八本の脚をぴくぴくさせながら、煙を上げて蒸発してしまったからだ。大蜘蛛が蒸発したあとの地面にはネバネバしたモノが残っていた。
で、勝敗は?
猫は無言。飼い主はガムを噛み続けている。客席が異様な雰囲気でざわつき始めた。ここでの試合は全て賭けの対象になってるからね、と猫が教えてくれた。
マイクを持った筋肉ムキムキのヒゲの審判部長が闘技場に駆け上がると、ざわつく観客席に向かって、勝敗について説明した。曰く、大蜘蛛は完全に蒸発しており、もはや再生不能だが、片目の子供は彼だった液体(例のネバネバ)を回収して処置すればすぐにも再生されるので、この勝負は片目の子供の勝ちだ、と。
片目の子供に賭けていた客達がワーと歓声をあげた。そうじゃない連中は投票券らしい紙を破いて空中にまいた。
次の試合は翼の生えた緑色の大男と、赤青黄桃緑の5色の衣装をそれぞれ着た五人組の、1対5の変則マッチだった。結果は翼の大男の圧勝。内容は凄惨を極めたとだけ云っておこう。その試合で闘技場が血の海になったので、ヒゲの審判部長によって清掃が終わるまでの中入り(休憩)が宣言された。
一旦家に帰った方が賢いね、と猫が云った。こういう場合の中入りは再開までに何日もかかるのが普通だし、半券があれば何日後でも再入場できるから。
再開をどうやって知る?
大丈夫。モノゴトは然るべき観察者がいて初めて決定されるのだから、と猫が云った。