「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年11月5日月曜日
現の虚 2014-2-2【一家五人惨殺】
もしや、と思って行ってみたらそうだった。一家五人が皆殺しだという。いや皆殺しというかこれは何かの事故だろう、と論評する者もいた。どちらにしろ新聞の集金なんか無理だ。みんな死んでしまったんだから。
そうだね、と店長は云った。こういうのは仕方ないね。
俺は、集金不能になった領収書を領収書の束から抜き取って店長に返した。店長は俺が渡した領収書に赤いボールペンで何か書き込んで手提げ金庫の中に入れた。
集金不能の領収書にも役目はあるんだ、と店長は云った。
次の日の新聞に、ものすごく小さく記事が出た。事件のあった住所。一家五人が不審死で、警察が事件と事故の両面で捜査中。それから死んだ五人全員の名前と年齢。それくらいの内容。数日後コンビニで立ち読みした週刊誌には、怪異な雰囲気を演出したもう少し長い記事が載っていた。現場は血の海で、しかし被害者に外傷はなく、しかも密室状態。毒物、ハイテク殺人兵器、殺人ウィルス、未知の気象現象、あるいは呪い。いろいろな憶測を書き散らしていて、バカらしい。
憶測ではない事実も書かれていた。
現場には蓋の開いたたくさんの小瓶が転がっていて、その殆どは空だったのだが、中身がわずかに残っていた瓶もいつくかあった。瓶に残っていたのは正体不明の金色の液体で、現在、警察の科学捜査班がその成分を分析中だという。
俺は肩掛け鞄に入れたままの小瓶を取り出した。この小瓶にも正体不明の金色の液体が入っている。記事の中の液体と同じものかどうかは分からない。全然関係ないとも思えない。根拠はないが、大いに関係がある気さえする。
俺は雑誌をラックに戻すと何も買わずに店を出た。コンビニの店員は、何も買わずに店を出る客にもアリガトウゴザイマシタと云う。アレはなにかヨクナイ気がする。感謝よりも非難に聞こえるからだ。
不動という珍しい名字の、若くて薄汚れた、何をして稼いでるのか全然分からない、けどカネ払いはすごくいい読者のところに集金に行ったら、今月分も今払うから明日からすぐに新聞を止めてくれと云われた。今月分の新聞代を日割り計算しようとすると、そんなのしなくていい、と先月分と今月分の二ヶ月分をまるまる出してくれた。この謎の若者は、何よりもこのカネ払いの良さで謎なのだ。
興味はなかったが、引っ越しですか、と訊いてみた。まあね、と相手は答えたが上の空だ。
カラス頭が来たから……
カネ払いのいい謎の若者はそう呟いた。