「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年11月3日土曜日
現の虚 2014-1-9【「ダータ・ファブラ」の観戦チケット】
廃ビルの屋上に勝手に住み着いている女が一斗缶で火を焚いて、晩飯の支度を始めた。俺は、女が飼ってる猫のヒモを持たされている。晩飯の魚を取られないための用心だ。
切符を持っているということは電信柱の裏の男に会ったね、と猫が云った。更に、ヤツが電信柱の裏に隠れて姿を見せないのは、全身ひどい皮膚病だからさ、とも云った。
腕を見たけど、皮膚病という感じではなかったよ。
腕だけはベツさ。
予言どおり、猫はまた現れた。自販機に食べられた時とは全然違う猫だが、同じ猫だ。俺は猫に切符を見せた。猫は鮭の皮で出来た切符のニオイを嗅ぎ、噛み付いて口に入れると、ゴクンと飲み込んで、はい、けっこうです、と云った。
猫が顔を洗う。女が一斗缶の火で何か煮ている。廃ビルの夜の屋上。
その日の昼間、集金した金の入金に店へ行くと、店長が、正社員にならないかと誘って来た。訊くと、給料は今の4倍だが、毎日十時間以上も他人の金儲けの手伝いをすることになると分かったので断った。しかし、各種保険も完備だよ、と店長は云った。更に、生活がグンと安定する。車を買ったり、結婚したり、家を建てたり、子供が生まれたりということにもちゃんと対応出来るようになる。と、そういうことが人間にとってナニカとても重要なことでもあるかのような口ぶりで俺を説得しようとする。そうしながら、電卓を激しく叩いて、俺が集金して来た札束をすばやく数える。
それはつまり、正社員になれば、親戚に屠った豚を振る舞うとか、結婚相手の親にラクダを贈るとか、足にツタを巻きつけて崖から飛び降りるとか、毒蟻の群れに両手を咬ませてその毒に耐えるとか、全身に入れ墨を入れるとか、マヌケな髪型にするとか、赤ん坊の股間の皮膚の一部を切り取るとか、そういうことが出来るようになるという、そういうことだろう、と、一斗缶の火に当たりながら猫が云う。
そうじゃないよ。
そうじゃないのか?
そうじゃないね。
どちらにしろ、必要以上に詐欺の片棒は担ぐことはないさ。結局全ての商売は所詮は詐欺なんだから、と猫。ボーリングのピンのようなシルエットで座り、そして、いきなり吐いた。
猫の口から出てきたのは、さっき飲み込んだ鮭の皮の切符のはずだが、少し雰囲気が違う。女がヤカンの湯を掛け、箸で摘み上げ、更に湯を掛け、最後に指で摘んで広げた。飲み込んだ時より明らかに大きくなっている。
ダータ・ファブラの観戦チケットさ。
猫が云った。