2018年4月16日月曜日

2-8:待合室


その25分後。

一人は顔面包帯巻きで詰襟。青い煙を立てて一人掛けのソファに腰を下ろしている。斜向いの二人掛けソファには二つの大きなジャガイモ袋が座る。
「中身はジャガイモではありませんよ」
ジャガイモ袋の一つが云う(男の声)。
「ただの年金暮らしの夫婦ですわ」
隣のジャガイモ袋がホホホと笑う(女の声)。
「コイツはつまり防護服です」

【ジャガイモ袋防護服の着用法】
(1)一人当たり二つのジャガイモ袋を用意します。
(2)袋に両脚を入れて胸まで引き上げます。
(3)別の袋を頭から被って腰まで下ろします。
(行政発行の小冊子より)

ジャガイモ袋の夫は小冊子を袋の中にしまう。

周囲を埋め尽くすガラクタは、家具、食器、家電、瓶と缶。裂けて垂れ下がった赤いカーテンと、ゴッホの渦巻きのように宙を舞う大量の塵埃。

夫のジャガイモ袋が云った。
「あなたのお顔の包帯も今度の爆弾で?」
相手が何とも答えないうちに妻のジャガイモ袋が
「まあ、それはお気の毒にねえ…」
空井戸に小石を落すとこんな音がする。ただ云ってるだけのオクヤミ。
「幸い私たちは二人ともどこも何ともありません」
「本当にありがたいことですわ」
「このジャガイモ袋のオカゲだよ」
「まったくね。家の中はメチャクチャになったけど」
「それでも怪我がなかったのはナニヨリさ」
「本当に」
床のガラクタの中から電気ポットが這い出した。両手に揃いの紅茶茶碗をぶら下げている。脛毛の生えた丈夫そうな二本の脚。大きく跳躍してテーブルに登った。電気ポットは夫婦の前に紅茶茶碗を並べ、安全装置を自分で解除すると、湯気の立つ中身を二つの茶碗に注いだ。
「あら、紅茶じゃないわ」
そう云って見せた中身は、月のない真夜中のようなブラック珈琲。
「状況を考えると贅沢は云えないさ」
「でも私ブラック珈琲は飲めないのよ」
「冷蔵庫に牛乳があったろう?」
「カフェオレね」
夫のジャガイモ袋から伸びた腕が、床に仰向けに倒れた冷蔵庫を開けた。
「おや、ダメだ。固まってるよ」
夫のジャガイモ袋は牛乳瓶を振った。
「きっと今度の爆弾の熱のせいだわ」
「いや。電気が止まったせいさ」
逆さにした牛乳瓶から白い液体がぼとりと落ちた。
「冷蔵庫が動かなくてそれで腐ったんだよ」

いや。電気は止まってない。冷蔵庫も冷えている。証拠は庫内に横たわる真っ白な凍死体。裸足の親指に「見本品」のタグがあり、捲ると小さな活字で「中身はレジでお渡しします」と書かれている。