フェリーを降りてから到着の電話をした。自家用車で迎えに来ると云う。
自分:何時頃?
相手:今何時?
時計を観た。午前9時。
相手:昼までに。
自分:昼までに?
相手:はい。
自分:じゃあそれで。
相手:はい。じゃあ。
電話を切った。(じゃあってなんだ?)
初上陸の最北の地。既にはっきりと寒い。ともかく待ち合わせの駅に向かう。歩き始めて気付いた。猛烈に眠い。思い返してみるとゆうべはいくらも寝ていない。なぜだかウトウトしているうちに朝になってしまったのだ。
駅に着いた。9時半にもなっていない。港町は港と駅が近すぎる。珈琲屋に入って一杯注文した。珈琲と煙草は人間の証し。動物にはどちらも必要ない。変なガラスの灰皿に灰を落とし、メニュー立てからメニューを取って開いてみるとノートだった。(メニューは床に落ちていたので拾って戻した)
【ノートの中身】
男が使用後に便座を下ろしておかないことを非難する女の中にも、そうと決めても使用後に便器の蓋を下ろしておくことができない者は多い。そもそも洋式便器の蓋は使用後に閉めておくためにある。故に、使用後に便座を下ろさない不埒な男も、使用後に蓋を下ろさない怠惰な女に対してだけはこう主張していい。「使った後の便座はちゃんと〈上げて〉おけ!」と。要点は、自分は蓋を下ろさないのに便座が下りてないことに腹を立てる女は、単に自分が使いやすいかどうかだけの都合で腹を立てているのだから、入ってすぐに立って小便が出来るように便座を上げておくべきだと男が主張したとしても、それを否定することは出来ないということ。(COBE)
なんだいこりゃ?
ページを繰ろうとしたら珈琲が来た。ノートを脇に置く。さっきは気付かなかったが表紙にも「COBE」。COBEといえばCosmic Background Explorerで、それならアメリカの深宇宙探査衛星。宇宙マイクロ波背景放射を最初に観測した衛星だが、まあ、関係は無いだろう。
「それ、私のなんで、返して下さい」
ウェイトレスが云った。〈それ〉とはノートのことだ。いつまでも帰らないのでオカシイと思った。ノートを手渡しながらCOBEの意味を訊いたが、無視/無回答。そのままノートを持って立ち去ってしまった。
外は曇って来た。更に寒そうだ。珈琲を啜る。人の気配に振り返ると、さっきとは違うウェイトレス。湯気の立つ珈琲を盆に乗せて立っている。
「あら、もう来てますね、珈琲」