2018年4月10日火曜日

2-6:フランス式サンドイッチ


食堂は憂鬱なので売店で晩飯を買う。店員は外国人。労働力不足なのか。

これは?
「ロワイヤルチーズ」
ハンバーガー?
「そう。クォーターパウンダー」
どっち?
「どっちも」
どっちもって?
「同じ」
意味が分からない。じゃ、これは?
「サンウィチーズ」
チーズ?
「ちがう。サンウィチーズ」
サンドイッチ?
「はい」
この長いバゲットまるごと?
「フランス風。チーズ入り。私、毎日食べてる」
これを?
「はい」
全部?
「はい」
どうやって?
「齧る。今朝も齧った」
このまま?
「齧ります。美味しいですよ!」

買った。紙に包まれたサンドイッチを抱えて部屋に帰る。ベッドに座って紙を拡げる。切るものがないのでそのまま齧った。堅い。堅いがなるほど美味い。
確かに!
齧るちぎる噛む噛む噛む。齧るちぎる噛む噛む噛む。
美味いが疲れた。咬筋不足。一緒に買った不味い珈琲を飲んで休憩。
再開。
齧るちぎる噛む噛む噛む。齧るちぎる噛む噛む噛む。
もうどの辺だろう?
テレビをつけた。何も映らないつもりが映った。陸の近くを離れず進んでいるせいだ。但しこの地方CMは観たことがないし天気予報の地図も違う。航海が進めばこれからもう一度変わるはずだ。
サンドイッチを齧る。
トトトトンとドアを叩く音。開けた。背の高い顎の尖った男。
(船長?)
恰好はそうだ。雰囲気は全然。入っていいかと訊く。答える前にもう入っていた。猫背気味。長身のせい。ふたつあるベッドのひとつに腰を下ろす。
早口。
「まず現在から始めてすぐに過去に戻る」
分かったかとコチラを指さすので頷く。
「それから現在を跳び越えて未来を見せる」
人指し指に頷く。
「そのあとで現在に戻って物語を閉じる」
また指したのでまた頷く。
「するとどうなると思う?」
今度は指ささない。コッチも頷かない。
「それは何だい?」
サンドイッチだと答える。
「へえ…」
早口の男は本題に戻る。
「観客は主人公の過去と未来を現在のうちに見る」
そう云っておいて、いや待てと手を広げた。
「分からないだろう。うん、これでは分からない」
少し考え、おおそうだと顔を上げる。
「原因と結末の後で途中に戻れば…」
気を使って自発的に頷く。
「死を否定することなく、しかも永遠に生きられる」
どうだこれで分かったろうという顔。
珍紛漢紛。
「それ、少しイイかな?」
サンドイッチをねだられた。
渡す。
バゲットの尻にカブりつく顎の尖った男。
「なんだ…マヨネーズが入ってるぞ」
顔をしかめて、ゆっくりと口を動かす。