ラベル 科学年表 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 科学年表 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年5月3日日曜日

【デンディ/ボーリング著『自分の体で実験したい』 巻末年表(その6)】

1996年 藤田紘一郎がサナダムシの卵を飲み込み、それで自分のアレルギーが治るかどうかを確かめるために実験を始める。(日本)

1996年 アメリカ人の女性宇宙飛行士、シャノン・ルーシッドが、ロシアの宇宙ステーション「ミール」で、実験用の特殊な宇宙服を着た状態で自分の循環器系を調べる。(宇宙)

1996年 ●昆虫学者のカーク・ヴィッシャーとリチャード・ヴェッターが、自分の腕にハチを押しつけて何十回も刺させる。この実験から、毒針をどうやって抜くかよりもどれだけ早く抜くかが重要であることがわかった。毒針を早く抜けば、体内に注入される毒液が少なくて済む。(アメリカ)

1997年 ペリーでカリオン病(バルトネラ症)の大規模な流行が起きる。

1997年 マウリツィオ・モンタルビーニが洞窟に入り、自身11回目となる隔離実験を行う。これにより、地下生活の合計は通算962日間に達した。(イタリア)

1999年 ●生物学者のアマンダ・レイノルズが、毛髪移植の研究をするため、男性の頭皮の一部を自分の腕に移植する。(イギリス)

2004年 ● ロイ・ウォルフォード博士が79歳で死去する。ウォルフォードは平均的な人より長生きしようと、20年間極めて低カロリーな食事を続けた。ウォルフォードらの40年にわたる研究により、この方法は何種類かの実験動物では効果があることがわかっている。人間を対象にした新しい研究は現在進行中である。(ウォルフォードの死因は神経疾患だった。彼が1991年から1993年までアリゾナ州のバイオスフィア2(←地球生命圏のミニチュア版を収めて密閉した巨大ドームの生命圏研究実験施設)に閉じこもった時に、亜酸化窒素の中毒になったのが原因ではないかと言われている)。(アメリカ)

●赤血球が破壊されると、中のヘモグロビンが撒き散らされて血液中を自由に漂い始める。その血液が腎臓を通る時、ヘモグロビンが濾過されずに尿に入り込み、カリオン病患者の尿は赤黒くなる。

●黄疸で皮膚が黄色くなる原因はビリルビンと呼ばれる黄色い色素である。ビリルビンは分解されたヘモグロビンから作られる。

●カリオン病では、酸素を運ぶ赤血球が減っているので、心臓が激しく鼓動することがある。血液をできるだけ速く送り出して少しでも多くの酸素を臓器に届かせようとしたためだ。

2020年5月2日土曜日

【デンディ/ボーリング著『自分の体で実験したい』 巻末年表(その5)】

1968年 ●獣医のロバート・ロペスが、ネコについていたダニを自分の耳に3度入れ、飼いネコのダニが人間に住みつくかどうかを確かめる。実際に住みつくことがわかった。(アメリカ)

1969年 ◆アメリカの宇宙飛行士、ニール・アームストロングとエドウィン・オールドリンが、人類として初めて月面に降り立つ。宇宙船の月面着陸を成功させたのも、彼らが初めてである。(宇宙)

1980年代 ●漢方医のトラン・クオン・ダンが、自らをアヘン中毒にした上で、中毒を直せそうな薬草を色々と試す。(ベトナム)

1984年 ●医師のバリー・マーシャルが、「治療不能な」潰瘍の原因は細菌にあると考え、その細菌の培養液を飲む。この実験によって潰瘍の治療法は一変し、今では抗生物質で治療できるようになった。(オーストラリア)

1986年 ●フランスの医師、ダニエル・ザギュリーが、ザイールで同僚や志願者の協力のもと、自らに試験的なエイズワクチンを注射する。このワクチンは、エイズウィルスのタンパク質をワクシニアウィルスと結合させたもので、ザギュリーはワクチンの安全性を証明しようとした。(アフリカ)

1989年 イタリア人のステファニア・フェリーニが、ニューメキシコ州の洞窟「ロスト・ケイブ」に入り、4ヶ月の間、血液検査を続けながら一人きりで過ごす。(アメリカ)

1992年 ●メイ・ジェミソン博士が、アフリカ系アメリカ人女性として初めて宇宙飛行を果たす。スペースシャトル「エンデヴァー」で8日間の飛行中、自分たちの体を使って様々な実験をした。例えば、宇宙酔いを抑える上でバイオフィードバック(脳波や血圧など、生体の神経的・生理的状態を目で見える形のデータとして取り出し、それを手掛かりに身体機能のコントロールを学ぶ方法)が役立つかどうかや、低重力下での体液分布の変化などを調べた。(宇宙)

1992年 ●知覚心理学のスチュアート・アンティスが、特殊な眼鏡をかけて脳の順応性を試す。この眼鏡は、白と黒を逆転させ、色をそれぞれの補色(2種の色の光を混合して白色光になるとき、一方の色を他方の色に対して言う言葉)に変える働きを持つ(これをかけると、例えばスクランブルエッグが青く見える)。(アメリカ)

1996年 藤田紘一郎がサナダムシの卵を飲み込み、それで自分のアレルギーが治る…

2020年4月29日水曜日

【デンディ/ボーリング著『自分の体で実験したい』 巻末年表(その4)】

1933年頃 ●医師のジャック・ポントーが蛇毒の抗毒血清を自分に注射し、免疫ができたかどうかを確かめるために3匹のクロクサリヘビにわざと噛まれる。血清は効果を上げた。(スイス)

1934年 ●ソクラテス・ラゴーダギー博士が、ハンセン病の治療法を研究するために患者の血液を3回注射する。ラゴーダギーの皮膚には、感染によって局部的な知覚麻痺やこぶが生じた。彼はそれを5ヶ月間放置しあと、100回近くの注射と1000個以上の薬を飲むことで自力で病気をほとんど直した。(エジプト)

1939年 ジャック・ホールデンとヘレン・スパーウェイが、水槽の水に浮かんだり、金属製の小部屋に座ったりしながら、高圧ガスを吸う。(イギリス)

1944年 ●医師のクロード・バーロウが、住血吸虫と呼ばれる寄生虫を腕とヘソの皮膚から体内にわざと侵入させる。この寄生虫をエジプトからアメリカに運んで、住血吸虫症の研究をするためである。(アメリカ)

1947年 航空医官のジョン・ポール・スタップが、航空医学の分野で実験を始める。(アメリカ)

1952年 ◆アルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスが、バクテリオファージ(細菌に感染するウィルス)を使った実験を行い、遺伝子がDNAでできていることを示してほとんどの生物学者に受け入れられる。(アメリカ)

1954年 ジョン・ポール・スタップが、減速が人体に及ぼす影響を調べるため、ニューメキシコ州の砂漠でロケットスレッドに乗る。走行速度が時速約1017キロという記録を打ち立て、「地上最速の男」となった。(アメリカ)

1956年 ヴェルナー・フォルスマンが、アンドレ・F・クールナン博士およびディキンソン・W・リチャーズ博士と共に、心臓カテーテル開発の功績に対してノーベル生理学賞・医学賞を受賞する。(スウェーデン)

1962年 ◆ジョン・H・グレン・ジュニアがアメリカ最初の飛行士として地球のまわりを回る。当時40歳という年齢は、宇宙旅行を果たした人物としては最年長。グレンは「フレンドシップ7号」に乗った。その10ヶ月前には旧ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが、人類初の宇宙旅行を成功させている。(宇宙)

1968年 ●獣医のロバート・ロペスが、ネコについていたダニを自分の耳に3度入れ、飼いネコのダニが人間に住みつくか‥‥

2020年4月12日日曜日

【デンディ/ボーリング著『自分の体で実験したい』 巻末年表(その3)】

1906年 13歳のジャック・ホールデーンが、父親の実験に協力し、体に合わない大人用の潜水服を着て海に潜る。潜水夫の安全を守る上で、後にこの研究が役にたった。(スコットランド)

1911年 マリー・キュリーが2度目のノーベル賞(化学賞)を受賞する。ひとりで2度のノーベル賞を受賞したのは史上初めてであり、女性としては今井に至るまでマリーただ一人である。(フランス)

1912年 C.H.T.タウンゼンドが、夜間にサシチョウバエに刺されるとカリオン病に感染することを突き止める。(ペルー)

1921年 ヘレス・スパロー博士が、発疹チフスの病原菌についてもっと知識を得ようと、発疹チフスに感染したモルモットの脳組織を取り出し、その一部を自分の皮下に注射する。発疹チフスは、発熱、頭痛、発疹を主な症状とする病気で、通常はシラミを介して人間に移る。スパローは、病原菌が弱過ぎて自分に影響は出ないと考えたが、実際には病気に感染した。(ポーランド)

1928年 アレグサンダー・フレミングが、史上初の抗生物質(細菌を殺す薬剤)となるペニシリンを発見する。(イギリス)

1929年 ヴェルナー・フォルスマンが、自分の腕の静脈からゴム製のカテーテルを挿入して心臓まで届かせる。当時はまだ心臓という臓器は謎に包まれていたため、フォルスマンはこの臓器を調べてなおかつ治療できる方法を探していた。(ドイツ)

1930年 ヴィエルナー・フォルスマンが心臓カテーテルの実験について講演を行い、徴収に嘲笑される。(ドイツ)

1930年 トマス・ルイス卿とヨーなす・チェルグレン博士が、痛みを感じる複雑な神経経路を調べるため、自分たちの骨、筋肉、関節に食塩水を注射して痛みを誘発したり、背骨に針を刺したりする。(イギリス)

1930年代~1940年代 栄養学の専門家であるエルシー・ウィドウソンとロバート・マッカンスが、自分たちの体に無機物を注射したり、普通は食べないものを食べたりして、数え切れないほどの実験を行う。例えば、糖尿病について学ぶため(糖尿病患者の尿には不思議と塩分が含まれないことに気づいて)無塩の食物ばかり食べる、あるいは大量の鉄を摂取して体がそれを排泄できるかどうかを調べる、などである。二人はパートナーとして合計60年間も一緒に研究を行った。(イギリス)

2020年4月10日金曜日

【レスリー・デンディ、メル・ボーリング著『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』 巻末年表の写し (その2)】

1860年代 ルイ・パスツールが、食べ物の腐敗や発酵は微生物が原因で起きることを示す。また、有害な細菌を死滅させるため、低温殺菌法(牛乳やワインなどの液体を熱する)を考案した。(フランス)

1865年 ジョセフ・リスターが無菌手術法を考案する。たとえば、手術用具を加熱殺菌する、傷口をフェノール(石炭産)で消毒する、などである。(イギリス)

1876年 ロベルト・コッホが、炭素病の原因が細菌であることを明らかにする。のちには結核が伝染することも証明した。(ドイツ)

1885年 ルイ・パスツールが、史上2番目の人間用ワクチンとなる狂犬病ワクチンを開発する。まず自分で試すつもりでいたが、ジョゼフという少年が獰猛な犬に噛まれたために、この少年で実験する。実験は成功した。(フランス)

1885年 ダニエル・カリオンが、致死性のペルーいぼ病について調べるため、患者のいぼから血液を採って自分の皮膚に摂取する。(ペルー)

1895年 ヴィルヘルム・コンラート・レントゲンがX線を発見し、それを使えば体内の骨や臓器を写すことができるのを示す。(ドイツ)

1895年 ジョン・ホールデーンが自ら一酸化炭素を吸い、このガスが炭鉱労働者に及ぼす有害な作用を調べる。(イギリス)

1900年 ジェシー・ラジアが黄熱病の感染経路を解明しようと、病原菌に感染した蚊に進んで刺される。(キューバ)

1900年 マリーとピエールのキュリー夫妻が、長年にわたる放射能の研究で手にやけどを負ったことに注目し、ピエールが腕にラジウム塩をテープで貼り付ける。これはのちに、ラジウムが病気の皮膚細胞を破壊するという発見につながった。(フランス)

1901年 黄熱病委員会の実験が終結し、蚊を駆除するための大規模な活動が各地で展開される。(キューバ)

1903年 キュリー夫妻がアンリ・ベクレルと共にノーベル物理学賞を受賞する。ベクレルは自然放射能の発見が、キュリー夫妻は放射性元素の研究が、それぞれ評価された。(フランス)

1905年 ルーマニア人法医学者のニコラエ・ミノーヴィチが、指やロープで自分の首を絞め、その後少なくとも8回にわたって短時間ながら首を吊る。絞殺による窒息死が人体にどんな影響を及ぼすかを調べるためである。(フランス)

2020年4月9日木曜日

【レスリー・デンディ、メル・ボーリング著『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』 巻末年表の写し (その1)】

16世紀 サントリオ・サントリオが、自分の体重と、飲み食いした物の重さと、排泄物の重さを30年間に渡って測り続ける。(イタリア)

1543年 アンドレアス・ヴェサリウスが、著書『人体の構造について(The Fabric of the Human Body)』の中で、人体のありのままの解剖図を載せる。それまで数百年の間、人体については間違った情報が信じられてきたが、本書のはその数々の誤りを正した。(イタリア)

1609年 ガリレオ・ガリレイが、自ら望遠鏡を製作して初めて天体観測を行う。(イタリア)

1628年 ウィリアム・ハーヴィが著書を発表し、血液が体内を絶え間なく循環していることと、その原動力が心臓の拍動にあることを明らかにする。(イギリス)

1673年 アントン・ファン・レーウェンフックが手持ち式の簡単な顕微鏡を製作し、細菌、原生動物、藻類などの観察を始める。(オランダ)

1752年 物理学者のルネ・レオミュールが、鳥類の消化についての実験を始める。(フランス)

1774年 ジョージ・フォーダイスと友人たちが、摂氏約127度の部屋にこもり、人体の生理的機能にどんな反応が現れるかを記録する。(イギリス)

1776年 ラザロ・スパランツァーニが、亜麻袋や木筒に食べ物を詰めてそれを飲み込み、当時はまだほとんど知られていなかった消化のプロセスを調べる。(イタリア)

1796年 エドワード・ジェンナーが、史上初のワクチンとなる種痘法を開発する。天然痘の予防を願ったもので、実際にその効果があった。(イギリス)

1799年 ハンフリー・デイヴィー卿が自分の体で亜酸化窒素の実験をし、鎮痛剤として使えるかもしれないと示唆する。(イギリス)

1842年 医師のクロフォード・ロングが、エーテル麻酔を用いて手術を行う。ただし、実験の記録を残さなかった。(アメリカ)

1844年 ホレス・ウェルズが、「笑気ガス(亜酸化窒素)」を吸った上で自分の歯を抜かせる。笑気ガスを麻酔剤に用いた例は当時まだほとんど報告されていなかった。(アメリカ)

1846年 ウィリアム・モートンが自らエーテルを吸って意識を失う。笑気ガスと並ぶ有望な麻酔剤の誕生である。(アメリカ)

1860年代 ルイ・パスツールが、食べ物の腐敗や…