2019年4月6日土曜日

8-7:隙間に挟まれた子供


じっと待っていると廊下の天井が開いた。そこからロープを伝って、非常に痩せたとても背の高い係員が降りてきた。ヒョロナガの係員はギョロギョロ目玉で執拗に辺りの様子を伺い、やっと安心すると、長い腕を伸ばして、ドアを塞ぐ背中を向けた大男をひょいと持ち上げた。大男は写真を貼り付けただけの等身大パネルだった。係員が向きを変えた時に担いだパネルの表側が見えた。鏡になっていた。ソノヒトは鏡に映ったものを見てアッとなり、続いてナルホドと思った。

ソノヒトがドアを開けて靴のある部屋に入ると、空中に赤い矢印が浮かんで点滅していた。矢印が指している壁には隙間が空いていた。覗き込むと中に子供の顔があった。子供は瞬きをしない。それで目からは涙が溢れ続けていた。口も開いたまま。それでときどき涎が流れ落ちた。子供の顔は微動だにしないが、子供は生きていた。

首から上だけの女がソノヒトの左肩のあたりに現れて、「設計者のミスで、こんなところに隙間が出来てしまったんです」、同じく首から上だけの同じ顔をした別の女がソノヒトの右肩のあたりに現れて、「この子がここに挟まれてしまったことには特別な意味があるのだと思うのです」と云った。
子供は瞬きもせず、口も閉じず、ただ正面を見ている。
「この子があなたに伝えようとしていることが分かりますか?」
左肩の女の首が云った。
イヤとソノヒト。
「生が消えれば死も消える」
ナルホドとソノヒト。
右肩の女の首が云った。
「この子の今のこの状態がこそがこの子そのものでありこの子の生そのものなのですからこの子が生き続けることを諦めさせても諦めてもいけないのです」
挟まれた子供は深く息を吸い込もうとしたが、胸が圧迫されているのだろう、極浅い呼吸を一瞬だけして、元から青かった顔を更に青くした。それでソノヒトは、つい舌打ちをした。すると左肩と右肩の両方の女の首が同時に同じことを云った。
「あなたが何者なのか私には分かっています」
それからまた同時に、しかし今度は別々のことを云った。
左肩の女の首「よくぞ来てくれました」右肩の女の首「直ちに立ち去りなさい」
ソノヒトには壁に挟まれた子供の眼球が右にほんの少し動いたように見えた。

「おまたせ」
青いワンピースの看護婦がレコードプレイヤーが乗せた車椅子を押して現れ、子供の挟まった隙間から一枚のレコードを取り出した。看護婦はレコードをターンテーブルに乗せ、そっと針を落とした。