真鍮製の光る潜水服を着て湖底に向かって沈んでいくと、下の方に丸く明るくなった領域が現れた。それはちょうど、暗い井戸の底から昼の空を見上げたような感じの光る丸だった。
夜の甲虫さながらにその光に惹き寄せられる。
光の「正体」は、湖底にできた丸い穴で、僕は穴の縁に立って少しの間思案した。戻れなくなると困ると思ったからだ。腹ばいになって上半身だけを穴の中に入れてみたら、そこは水面で、穴に入れた僕の上半身は水から外、即ち空気中に出ていた。
圧力や粘度などをうまくやれば、水の入った容器の底に穴を開けても、そこから水が漏れたりしなくなる、という現象があるとかないとか。今僕が湖底の穴から頭を出したら、そこは水のない空気中だったという状況も、つまりは、湖という大きな鍋の底に丸い小さな穴が開いているようなものか。と、最初は思った。
が、そうではなかった。
湖底の穴から頭を出した僕は、重力を、頭の上ではなく、下に感じた。つまり、湖底の穴にあった「水面」から頭を出した瞬間に、それまで下だと思っていたものが、上になって、それまで上だと思っていたものが下になったのだ。
少なくとも重力的にはそうなった。
ともかく、事態を把握する必要がある。そう思った。
金属製の穴の縁に掴まって、潜水服のヘルメットの覗き窓越しに辺りを見回した。僕の視線の高さは、ちょうど、首だけ出して地面に生き埋めにされたEdoの死刑囚のようなものだから、地面(というのは穴の縁から続く金属板)から数十センチしかない。その、高さ数十センチの視界にエナメル靴が現れた。尖った杖の先も見えた。靴と杖が金属の床を鳴らしながら、こちらに近づいてくるのが見えた。だが、潜水服のヘルメットの覗き窓の小ささが災いして、見えるのは歩く靴と床を突く杖の先だけだった。
(因みに、この生き埋めにされたEdoの死刑囚は、通りがかった旅人たちにノコギリで少しずつ首を切られて徐々に殺される。昔、Japanのテレビドラマで、カワタニタクゾーという特異な面相の俳優が、そうやって処刑されて死んでいく男を演じていたのを覚えている)
靴が杖先で僕の潜水服のヘルメットの頭を軽く叩くと、中で音が響いて、こう言った。
「ようこそ深海プールへ……ここでは潜るほどに高みへと近づく……存在の頂点に立つ者……それは深い水の底に待つ」
穴の縁を掴んでいた潜水服の指が滑った。僕はまた、深い水の底へと沈んで行った。