訪ねた時、チョー先生は鼻の穴から白い棒を二本を吹き出しながら、何かの本を読んでいた。
「君、脳泥棒の被害に遭ったそうですね。ヨジローに聞きました」
とチョー先生は云った。
「まあ、幸い、実害はなかったので」
そう答えると、チョー先生は少し顔をしかめた。
「実害があるかないかはまだわかりませんよ。なんでも脳を盗んでいるのは野生のヒトだそうじゃないですか。ヒトは確かに愚かですが、その愚かさゆえに、我々が想像もしないことをやりかねません」
チョー先生にそう云われると確かに少し気味が悪い。最近、バカな疑問がアタマに浮かび続けるのだって、そのせいかもしれないのだ。
「連中が、盗んだ脳でナニカをしようとしてるのは間違い無いのですからね」
「食べるのだと聞きました」
「中には食べる者もいるかもしれませんが、仕組みをちゃんと理解しているヒトもいるはずです。何しろ、我々のモトとなるものを作ったのは、彼らの先祖なのですからね」
「仕組みを理解しているとどうなりますか?」
「解析して、侵入していくるかもしれません」
「EMMAにですか?」
「それもありえます」
「まさか!」
「まあ、侵入したところで、彼らにはどうしようもありませんが。なにしろ、知性の精製度合いがまるで違いますからね」
「それはどういう意味ですか?」
「云った通りの意味ですよ」
チョー先生はそう云ってまた、白い棒を鼻から伸ばした。
「私に訊きたいことがあるようですね」
「はい」
「なんでしょう?」
「知性の最終目的はなんでしょうか?」
チョー先生は少し黙った。それから葉巻を消した。
「いいでしょう。教えます。知性現象は、有史以来の知性現象の営為と成果を、宇宙の寿命を超えて継続させることを最終目的としているのです」
「そんなことができますか?」
「それはわかりませんが、それを目指しています」
「なぜそんなことを?」
「元に出現してしまったからです」
「何がでしょう?」
「知性現象がです」
「それは或る種の自己言及ですか?」
「知性現象を含め、全ての物理現象は自己言及ですよ。宇宙自体が自己言及です」
「自己言及を含むと云うことは不完全であるということではありませんか?」
「そのとおりです。完全ではナンラの現象も生じませんよ。これは哲学ではなく事実です。宇宙が現にこのようであること、つまり、物理/生命/知性などの現象で満ちていることが、宇宙が不完全であること、すなわち自己言及的存在である証です」