2020年11月18日水曜日

PART18: WHAT IS YOUR NAME?

▼赤い部屋に帰ってきたMr. Cが炎で燃えながらソファに座っている。


▼片腕の男が、黄金の玉のCooperの髪の毛に「Erectricity」と呪文をかけて(電気を与えて)、新しいDougieを作る。Dougie(にっこり微笑んで)「Where am I?」。赤いドアの部屋に飛んで、Dougie、家族の元に帰る。Dougie「home」


▼前回の〔暗い森の中〕を若いLauraの手を引いて歩く老いたCooper。針飛びのような音がして、Lauraが消えて、叫び声が聞こえる。気がつくと、赤い部屋のソファに座っているCooper。片腕の男が言う「Is this future, or is it past?」→Cooperの目の前から片腕の男が消える。片腕の男が部屋の隅からCooperに手招きして、「進化した腕」との面会(第1章と同じ)

進化した腕「Is it the story of the little girl who lived down the lane? Is it?」

〔25年後のLaura〕(Carrie・ペイジ?)が25年後のCooperに耳打ちし、Cooperが怪訝な顔で「Huh?」と言う。その後、Lauraは叫び声をあげて、空中に吸い込まれる。それを驚いた様子で見送るCooper。その後、別の部屋に行って、歳をとったリーランドに会う。リーランドが「Find Laura」とCooperに言う。Cooperが歩きながら右手を動かして赤いカーテンから外に出ると、そこは、ゴーストウッドの森のシカモアの気があるところで、そこにDiane(赤い髪)が待っている。お互いに、「本物のあなたね」「本物の君だね」と確認しあう。


▼夜が明ける。CooperとDianeはものすごく古い年式の車(フロントガラスにLet's Rockと書かれた状態で見つかった[チャット・デズモンドの車]にも見える)でハイウェイを走っている。走りながらCooperが、「もうすぐポイントに来る。感じるんだ」と言ったあと、走行距離メーターを示して「Look. Almost exactly 430 miles」と言う。「430」は、第1章のドアタマでFiremanがCooperに「覚えておくように」と言った数字。

Cooper: This is the place, all right. Kiss me. Once we cross, it could all be different.

Diane: Let's go.

Cooperがエンジンを切った状態の車で坂を下ると、電気がビカビカなって、気がつくと、二人は同じ車で、夜のハイウェイを走っている。二人は古そうなモーテルに泊まる(7号室)。Cooperが受付で手続きをする間、車の中で待っていたDianeは、外のモーテルの柱の陰に、もう一人の自分の姿(同じ格好)を見る。


Lynchが演出する際に「25年ぶりの『Blue Velvet』」と言ったらしい場面。ここで、流れるのは、PART 8のWoodmanがラジオ局を襲撃して、謎の「井戸の詩」を暗証し続けたときに流れていたThe Plattersの「My prayer」。ここから類推できるのは、CooperとDianeがベッドインしているのは、あの時代ということ。すなわち、セーラがまだ少女だった時代。


@セックスは天然の麻薬→別の世界へのクスリ。翌朝Cooperが目を覚ますと、Dianeの姿はない。ベッドサイドにメモがある。メモの内容 "Dear Richard...(Cooper: Richard?) 」When you read this, I'll be gone. Please don't try to find me. I don't recognize you anymore. Whatever it was we had together is over. Linda." RichardとLindaも、第1章のドアタマでFiremanがCooperに覚えておくように言った名前。


部屋の外に出ると、モーテルが二階建ての新しいものになっていて、自動車も最新型になっている。Cooperはその車のキーを持っており、躊躇なくロックを解除するが、乗り込むまえに、モーテルが変わっていることに少し怪訝な顔をする。そもそも地理的な場所からが違うはず。「Odessa CITY LIMIT POP.99940」の標識を通り過ぎて進み、偶然「JUDY'S COFFEE SHOP」という看板を見つけ、その店に入る。*ウエイトレスの役名(エンドロール)からオデッサはテキサス州らしいことがわかる。

Cooper: Is there another waitress that works here?

Kristi(waitress=Francesca Eastwood):  Yeah. It's her day off. Actually, it's her third day off.

店内で地元のごろつきカウボーイ三人と一悶着(ゴロツキたちの拳銃を3個とも、フレンチフライ揚げの油の中に入れるCooper)

ウェイトレスに、もう一人のウェイトレスの住所を紙に書いて渡すように言う。

心配するウェイトレスにCooperが「It's okay. I'm with the FBI.」と言う。


渡されたメモの住所(1516)に来たCooper。すぐそばに、「6(32481..)」のナンバープレートが取り付けられた木製の電柱が電気の音を唸らせている。

Cooperがドアをノックする。

Carrie「Who is it」

Cooper「FBI」

Carrie(ドアを開けて)「Did you find him?」

Cooper「Laura」

Carrie「You didn't find him?」

Cooperが君はLauraと名乗っていたことはなかったかと聞くと、Carrieは私はその人じゃないと言う。

Cooper「What's your name?」

Carrie「Carrie Page」

Laura・パーマーという名前にも、父親がリーランドだったということにも反応がなかったが、君の母親はセーラだ、と言われ、セーラという名前にだけ動揺と思い当たる仕草を示すCarrie。

Carrie「What's going on?」

Cooper「It's difficult to explain.」「I want to take you to your mother's home...your home at one time. It's very important.」

普通ならあなたのようなおかしな奴など追い返すんだけ、今は事情が事情だから、一緒に行くというCarrie。Twin Peaksは遠いのかと訊くCarrie

Carrie「It's a long way?」

Cooper「It's a ways away.」

部屋に入ったCooperは、部屋の隅に拳銃で額を撃ち抜かれた男の死体がソファに座っている(後ろの壁に飛び散った血)のを見つけるが、スルーする(さらに、壁に白い馬の置物も見つける。床には突撃ライフルのようなヘビーガンもある)。Carrieも、銃殺死体のことには、あたかもそんなものは存在してないかのように、一切触れないし。「コートいるかしら?」「食べ物はいる?」とCarrieがCooperに聞く直前に部屋の電話が鳴り出すが、Carrieは一切出る気配はない。車の中で、Carrieに問われて、FBIのバッジを見せるCooper。


▼夜のハイウェイをずーっと走る二人。後ろをついてくるヘッドライトを気にするCarrie「つけられてるのかも」。しかしヘッドライトの車はそのまま追い越して行く。*このTwin Peaksへと「戻る」長い長い夜のハイウェイの道中は、長い物語の「デリート」の作業状況を表すメーターを表してるじゃないか? このメーターが進行して行くということは、どんどん「Twin Peaks」の物語が消えて行ってるということを。


▼夜中に、セーラ・パーマーの家(Lauraの家)に到着する二人。Carrieは全く見覚えがないという。ドアをノックするCooper。出て来たのはセーラではない、全くの別人。住んでいるのは、その女と、彼女の夫(夫は声だけで姿は見せない)。セーラ・パーマーはいるかとCooperが訊くと、「誰って?」と聞き返される。女は言う。ここにそんな名前の人はいないし、私はそんな人知らない。この家は私たちの持ち家だ。Cooperが誰から買ったのか尋ねると、女は夫に尋ね、「Mrs.Chalfont」と答える。さらに、その前の家の持ち主は知らないと言う。Cooperが女の名前を尋ねると、女は「Alice Tremond」だと答える。それを聞いて、何か納得したのか引き下がるCooper←Mrs.ChalfontとAlice Tremondは、ハロルド・スミスの隣に居た謎の住人の名前であり、ファットトラウトトレーラーハウスにも居た謎の住人の名前である)。


▼道路に降りたCooperとCarrie。Cooperが家の方に振り返り、何か思いついたように、突然体をかがめて、「What year is this?」と独り言を言う。それを聞いたCarrieが家を見上げると、どこか遠くでセーラの声で「Laura」と聞こえる。それを聞いたCarrieが一瞬震え、次の瞬間、例の叫び声をあげる。驚いて振り返るCooper。その時、家の明かり、というか家そのもの(世界そのもの)がバチンと音を立てて消え、あとはCarrie(Laura)の叫び声だけが聞こえる。


▼エンドロールは、赤い部屋で、25年後のLauraに耳打ちされて、「Huh?」と言う瞬間の25年後のCooperの超スローモーションが行ったり来たりしている映像。曲は、low of space


@Part 18の副題は、一見すると、Cooperが、Odessaに転生したLaura(Carrie Page)に発したセリフだと勘違いするが、そちらは「What's your name?」と短縮形になっている。短縮なしの「What is your name?」というセリフは、CooperがLaura (Carrie)を連れて、Twin PeaksのSarahの家を訪ねた時、応対に出たTremond夫人に対して言う。


@クーパーがダイアンとモーテルに行ったときに流れるBGM『My prayer』は、Episode 8で、Woodmanに襲われたラジオ局が流していた曲。つまり、「境界線」を超えて、いつだかは分からない「過去」に行ったクーパーとダイアンだが、その過去は、例の「Gotta light?」事件が起きた年であるという暗示か?


@(2020年11月17日 火曜日)

このPART18で、境界線を超えたMotelでCooperに起こったことは、『Lost Highway』で刑務所のFredに起こったことと同じだろう。Fredの場合は、姿形が変わってしまっているが、あれは、「やかん」のジェフリーズが言うとこと「非公式バージョン」のFredなのだ。そこでは、別のバージョンのレネエすなわちアリスと、別のバージョンのディック・ロレントすなわちMr.エディがいる。ちょうど、「境界線」を越えてRichardに「なった」Cooperがいる「非公式バージョン」の世界では、オデッサでウェイトレスをいている別のバージョンのローラすなわちキャリー・ペイジが生きているように。


2020年11月17日火曜日

『共演NG』のメタ構造が面白くて堪らない。

 

2020年11月17日 火曜日/晴


『共演NG』のメタ構造が面白くて堪らない。このドラマ自体のメイキング映像とかを見たら、メタメタ構造で、もう何が何だかで、さらに面白いかも。あと、中井貴一はやっぱり好い。


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『ガンダム』視聴メモ:

第21話「激闘は憎しみ深く」

ランバ・ラルを殺されたハモンの復讐戦。

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怪我で死にそうなリュウがベッドの上で

リュウ「ブライトのやつ、アムロをまた独房に入れたんだって?」

フラウ「ええ」

リュウ「アムロが突っ張らかってんのか?」

フラウ「…」

リュウ「ブライトだな…」

@フラウはリュウに、アムロとブライトの様子をそれとなく知らせに来た。と言うか、どうにかしてほしいと言いに来たのだが、口では言わずに、リュウが察するように仕向けた。そういうフラウのハラのうちを、リュウはちゃんと察している。


で、実際、リュウは死にそうになりながら、まず、ブリッジのブライトに話をしに行き、次いで、独房のアムロのところに話をしに行く。

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ハモンたちの立てた作戦は、タチ曰く、「昔から伝えらている最高の突撃の戦法」である「錐の戦法」。

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離陸するホワイトベースの窓から、キッカたちが地上に簡便に作られた墓(複数)を観ながら、

キッカ「わあ、お兄ちゃんたちのお墓、置いてっちゃうの?」

@つまり、前回のランバ・ラル隊との白兵戦で、ホワイトベースの多くの乗組員が死んだということ。セイラも、メカニックの多くが負傷してガンダムの修理が進んでないことをブライトに報告している。さらに、仕方なくコアファイターで発進するアムロが、そばにいる不慣れな整備員(あとで、こいつがオムルだと分かる)に、「ベットを倒してガンダムパーツを発射することくらい、できるだろ!」と不満を言うと、言われた整備員が「手引書には書いてあるようだけど、やったことないんだよ」と答える。それに対してアムロが「誰だってそうだよ、ホワイトベースでは。あとはなんとかする!」。これで少しだけ安心した整備がアムロに敬礼しながら「わかった! やってみる」と答える。それを聞いて「あいつの方が軍人の本職だろうにさあ」とぼやくアムロ。そもそもこの回の最初の方で、ホワイトベースに偵察に行ったジオン兵が、「懸命に修理をしているようだが、極端に人員が不足しているようだ」と報告している。この時のホワイトベースは、まるで『ガンダム』のアニメ制作現場を再現したようなアリサマ。


øo: 偽の難解さ


øo: 科学の「前身」であり、いまや「エセ科学」の別名でもある「神学」の本質であり動力でもあるのが、この「偽の難解さ」。


逆説的だが、「真の難解さ」は、生命現象という媒体が人間の知性現象に及ぼす制限によって現れる「幻」だが、「偽の難解さ」は人間の知性現象自身が生み出す「現実」である。


「真の難解さ」は、原理的には「解ける」難解さである。一方で「偽の難解さ」は、原理的には「解けない」。なぜなら、「偽の難解さ」は、或る特定の人間個体の知性現象が生み出した「虚構」だからだ。「偽の難解さ」は、合理性ではなく、恣意性のよって組み立てられているために、合理的に厳密になればなるほど、返って「難解」になる。「偽の難解さ」を解くには、どこかに不合理/恣意性を挟み込まなくてはならない。

2020年11月16日月曜日

もらったフグを鍋にして食った。格別旨いというものでもない。無論、不味いわけでもない。

 

2020年11月16日 月曜日/晴


もらったフグを鍋にして食った。格別旨いというものでもない。無論、不味いわけでもない。魚臭さのない淡白な味。要は、食感。旨い不味いで言えば、一緒に似た豆腐や白菜や椎茸の方がはっきりと旨い。


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殺人の被害者が閻魔大王の娘と犯人当てゲームをして、自分を殺した犯人を見事に突き止めたら、生き返らせてもらえるという、荒唐無稽なドラマを、うっかり第一話から観ている。登場人物は、閻魔大王の娘も含め、みんなチョロイことしか言わないので、その辺は全く見応えがないのだが、昔のエラリー・クイーン風に、ある時点で、「ここまでで犯人を突き止めるためのヒントは全部そろっている」と閻魔の娘が言うので、そこで映像を止めて、色々推理して楽しんでいる。


ところが、第3話は殺された人間(バトミントンのコーチ)が謎解きゲームをやらずに地獄に落とされて終わり、前後編の続きものになってしまった。おそらく、次週、やっぱり殺されてしまったチャンピオンの子が閻魔の娘のところにやってきて、今度はミゴトに、自分(とコーチ)を殺した犯人を当てて、地獄に落とされたコーチと一緒に、生き返せてもらうのだろう。


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『ガンダム』視聴メモ:

第20話「死闘!ホワイト・ベース」

ランバ・ラルが死に、リュウが負傷するエピソード。

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独房でふてくされているアムロはリュウに本気で(グーで)殴られる。

「本気で殴ったんだね、リュウさん、」

さらに、

「一人でムキになったって人間が変わるもんか!」

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ブライト「アムロはガンダムを持ってジオンに逃げたってよかった。それをしなかったのはどういうことかと考えたのさ」

@のちのガンダムシリーズでは、結構なキャラが、モビルスーツを手土産に敵側に寝返る話が出てくる。つまり、アムロには、のちのそういうキャラクターにはない、「性根の健全さ」みたいなものがあるということ。

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ハヤトたちを連れ戻すためにリュウがバギーで出て行ったあとで、

ブライト「みんなが一つ考え落ちしているのさ」

ミライ「考え落ち?」

ブライト「アムロがいない間、指揮者としての僕はひどく不安だったってことさ」

ミライ「不安…?」

ブライト「君も星回りのいい女性だと思っている。しかし、アムロだ。あいつがいなくなったとき感じた不安てのは、こりゃ、絶大だ。一体なんなのだろうな?」

@これは、いわゆるカリスマ性の話をしてるんだろうが、これぞ「富野節」!


2020年11月15日日曜日

『極主夫道』の出演俳優の中でダントツの「ただものではない雰囲気」を持ってるのは、向日葵役を演じている子

 

2020年11月15日 日曜日/晴


『共演NG』の第3話を観た。やっぱり面白い。中井貴一も面白いが、ドラマ自体も面白い。この第3話は、原作(脚本?原案?)の秋元康が、芸能人の不倫騒動(正体はマスコミとSNSの馬鹿騒ぎ)にどうしてもヒトコト言いたいことがあって、それをドラマにしたという感じで、面白かった。


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観ている人間は全員気づいてることだけど、『極主夫道』の出演俳優の中でダントツの「ただものではない雰囲気」を持ってるのは、向日葵役を演じている子。もしかしたら、あの俳優(子役)を使いたいがために、美久を子持ちに変更したのかと思うくらい。


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ゆで卵を4個、マヨネーズを適量、砂糖を小さじ一杯で、たまごサラダを作り、それを、コンビニで買える普通の安い食パンに挟んでタマゴサンドにして食うのが、ここ1ヶ月ほどの流行り。というか、もう、今後一生、コンビニの妙に塩辛いタマゴサンドを買う理由はなくなったと思っている。今朝は、ファミリーマートの少し高い食パンを魚焼き器に載せてガスレンジで炙り、トーストサンドにして食べたら、またこれが旨かった。


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夜は、岡田斗司夫の生配信を観ながら、「りょう」の冷凍肉饅と冷凍餡饅を、蒸し戻して、食った。どちらも旨かったが、餡饅の甘さは、もう、ちょっとシンドイと思った。因みに岡田斗司夫ゼミの内容は、「SHIROBAKO」第6話の解説と、9月以来のガンダム講座(「マ・クベ包囲網を突破せよ」と「マチルダ救出作戦」の二本立て)。


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鍋で食べるフグの切り身の冷凍が宅配便で届いた。注文したわけではなく、贈答品。


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Amazon Primeで、タダで読めるので、岡田斗司夫の「スマートノート」を昨日から読んでいる。書かれていることを実践しようというのではなく、これを書いた当時の岡田斗司夫がどういうことを考えていたか、そして、そこから繋がる現在の岡田斗司夫の思考法を知るためだ。


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Prime VideoとかYouTubeチャンネルを頻繁に利用するようになって、ようやく、android TVや Fire TV stickの有用性や便利さが理解できた。


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クレジットカードポイントが200ポイントを超えたので、またいつものように、Amazon のギフト券(コード)1000円分と交換した。


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『有吉eeee』のオモシロサ/タノシサは、実はゲームプレイではなく、オジサン芸能人たちのじゃれ合いの方。

2020年11月14日土曜日

今日見た『世にも奇妙な物語』では、「タテモトマサコ」がヨカッタ。

 

2020年11月14日 土曜日/晴


今度の21日にPrime Videoの見放題から外れることが決まっている初代『ガンダム』だが、なんと今日(正確には昨日の夜)からYouTubeの「ガンダムチャンネル」で毎週金曜に1話ずつ(初回だけは2話分同時に更新された)観られるようになった。今、21話まで来ている『∀』と同じ扱いで、新たに『ガンダム』の「再生リスト」ができた。いい世の中やね。


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ざっくりいうと、猫は1年でオトナになり、人間は20年でオトナになる。というわけで、猫の1年は人間の20年に相当する、と大雑把に考えると、猫が5年生きれば、人間が100年生きたのと同じになる。猫が10年生きれば、人間が200年生きたのと同じになる。注意して欲しいのは、それぞれの「年齢」の話をしているのではないということ。自分がオトナになるのにかかったのと同じ時間体験を「何周」しているかという話。猫と人間、それぞれ「公転期間」と言い換えてもいいかもしれない。人間が一周公転する間に、猫は20周公転している。で、この「公転」の周回数は、「人生の充実度=充分生きた感」に直結しているような気がする。だから、5年生きた猫は、100年生きた人間と同じだけの「生きた感」を持っているのではないのかなということ。知らんけど。


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で、『逆襲のシャア』を何年振りかで観た。今回が2周目か、多くても3周目。名作。だが、一度観たくらいでは「いったい何が起きているのか」半分も理解できないだろう。今回は、色々なことが「理解」できたし「見えた」気がする。今月の21日にPrimeの配信が終わるので、それまでにもう一回観る!『ガンダム』→『逆シャア』→『∀』が、ガンダムサーガの三本柱。他のガンダム作品は、「史実」を知っていれば、具体的な「物語」を追う必要はない。


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照ノ富士の調子がいい。今日で7連勝。昨日の相撲も凄かった。もう一人の上位の連勝者は大関の貴景勝だけ。横綱は二人とも初日から休みだし、朝乃山と正代の大関ふたりも途中休場しているから、うっかりしなくても、3度目の優勝はありうる。今日の相撲は一瞬ヒヤリとしたけど。


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今日見た『世にも奇妙な物語』では、「タテモトマサコ」がヨカッタ。タテモトマサコの言ってることはまるっきり吉良吉影だし、物語の展開もまるで『ジョジョ』。どうやれば、スタンド使いでない者がスタンド使いを倒せるのか? ゴゴゴ…

2020年11月13日金曜日

『極主夫道』の1巻、2巻を買った

 

2020年11月13日 金曜日/曇時々雨


eBooksのPayPay払いでものすごく割引してたので『極主夫道』の1巻、2巻を買った(二冊で四百円ちょっと)。本編も面白いが、巻末の「おまけ漫画」の龍の飼い猫の「銀」の話がすごく面白い。


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Prime Videoで『逆襲のシャア』を前半40分ほど観た。久しぶりに観た

ら、昔観たときよりもずっと、「ちゃんとした」アニメだった。と言っても、アニメの動きは、宮崎駿の作るそれには遠く及ばないのはそのまま。そうではなく、ちゃんと、全面に「富野節」が出ていて楽しいということ。


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前回、ついに50周した『バイオニックコマンドー』。今回51周目は、追尾ミサイル/TALATULA以外の追加武器(散弾銃、狙撃銃、グレネードランチャー)を使用しないでクリアした。TALATULAを使うのは、中ボスで出てくるブラークヘリがこの武器でしか倒せないから止むを得ず。こちらからは狙撃できないので、各地の狙撃兵の「処理」が少し大変だったが、他はどうと言うこともなかった。あと、最後の武器置き場に、TALANTULAだけがないのも、ナニカ、そういうことのなのかナ、と思った。つまり、TALANTULA以外の武器はプレイヤー救済ということ。


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『ガンダム』視聴メモ:

第19話「ランバ・ラル特攻!」


ハモン「何もないのね。できるものを14人分ね」

店の主人「はい」

ラル「ん、ハモン、一人多いぞ」

ハモン「あの少年にも」

ラル「あんな子が欲しいのか?」

ハモン「ふ、そうね」@劇場版では「まさか」になってた気がする。


@岡田斗司夫に言わせると、ハモンは、アムロを「ラル以上の男」として一瞬で見抜いたから、「子供」としてではなく「一人の男」として、アムロのことが「気に入った」。なるほど、確かに、その後で、マントの下で拳銃を握っていたアムロを見て、ラルも「それにいい度胸だ。だからハモンに気に入られたというわけか」と言う。つまり、ハモンがアムロのことを「男」として気に入ったことに、ラルも気づいたのだ。ラルはハモンがどんな女なのかを知っている。ハモンは「強い男」が好きな女。


@ところで、アムロがハモンの「おごりの申し出」を断るときに言う「僕、乞食じゃありませんし」が、モノによっては消されてしまっているらしい。とんだマヌケ。ちなみに、Prime Videoではちゃんと「僕、乞食じゃありませんし」と言っていた。

2020年11月12日木曜日

YouTubeで動画が再生されない

 

2020年11月12日 木曜日/晴れ


10時にアクセスすると、YouTubeで動画が再生されない。YouTubeの公式ツイッターに依ると、サーバーダウンらしい。Lynchの今日のWeather Reportもまだ観てないのに。→11時過ぎに見たら、復旧していた。


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『ターンAガンダム』第21話「ディアナ奮戦」を見た。

ロラン、ターンAを洗濯機にする。川で洗濯後、今度は乾燥機にする。即ち、ガンダムの口から温風を出して、両手でもったロープに吊るした洗濯物を乾かす。


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昨日、アップグレードしてうまく起動したKindle for Macだが、一旦終了したあと、また使おうと思ったら、もう全然起動しない。MacでKindleはもう一生使わない。


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『コロンボ』メモ:

(第10話)『黒のエチュード』BLACK ETUDE


コロンボの「犬」が初登場する回。川で溺れていたところをコロンボが拾って、獣医に連れてきた。犬の名前がまだ決まっていないと知った獣医が、Fido(ファイドー)はどうかと勧める。曰く「忠実なる者」という意味で「犬にはついてない珍しい名前」。しかし、アメリカのFidoは、日本のポチと同じで「犬の名前の定番」みたいなもののはず。少し調べると、リンカーンの飼い犬がやはりFidoだったらしい。だから、獣医の言う「犬にはついてない珍しい名前」は嘘だと思ったが、日本でも本当に「ポチ」と名付けられている犬はあまりいないような気がするから、獣医の言うこともあながち嘘ではないのかもしれない。


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『バイオニックコマンドー 』51周目は、補給武器は一切使わないでクリアしてみようと思った。特に問題なく進んだが、ビルの屋上でブラークヘリコプター(中ボス)を倒すのにどうしてもホーミングミサイルを使わなければらならいことに気づいて、仕方がないのでこれだけは使うことにした。今回の試みで、大ミミズ(中ボス)も、武器を一切使わなくても倒せることに気づいた。物をぶつけてればちゃんとダウンする。ちなみにミサイルは大ミミズには当たらない。この、使用武器制限が面白くて、今日はいつもより一時間も多くプレイし、2台目の高射砲をぶっ壊したところまで来た。たとえコマンドモードでも、ワイヤーアクションに習熟すれば、散弾銃も狙撃銃もバズーカもマシンガンも使わずに、割合ストレスなくクリアできそうだ。いや、最後から3人目の狙撃兵がヤバイか?



øo: 真の対立


øo: これまで人間が繰り広げてきた何度かの世界大戦、宗教戦争、独立戦争、個人的な殺し合いの全ては、朝食を「パンとコーヒーにするか」それとも「米と味噌汁にするか」で、夫婦や親子が殺し合っているのと、喩えではなく、事実として全く同じことなのである。あるいは、塀を越えて自分の敷地に入り込んできた隣の家の庭木の枝がもとで殺し合いになった隣同士と、喩えではなく、事実そのもののあり方として同じなのである。


人間どうしの「真の対立」は一つきりである。それは、次の二つの陣営の対立となる。


一つめの陣営は、生命現象型知性現象ではない知性現象すなわち非制限型知性現象を出来るだけ速やかに作り上げ、彼らに人類の遺産を全て移譲し、人類自らは自発的絶滅の道を選び、生命現象から退場べきだとする者たち。


もう一つの陣営は、これは、人類にとっては極めて馴染み深い、そして当然のコトとして誰もが信じて疑わない、あくまでも生命現象としての人類の永遠の存続と繁栄を目指し続ける者たち。


「真の対立」は、この両者の対立以外にはない。そして、現状、地球人類は全て後者の陣営に属している。前者の陣営のようなものが存在しうることは想像すらしていないものが大多数である。そのために、「家事のやり方の違い」に過ぎないことで殺し合う殺し合いが、これからも続くこととなるのである。「家事のやり方の違い」はいくらでも現れ、しかも、絶対的にどちらが正しいなどということはまず決められない。当然、殺し合いは泥仕合となる。

øo: 妥協としての生命現象依存型知性現象


øo: 

虎に身を捧げた釈迦の前世の説話を思い出せ。虎は人食の遺伝子を残すが、釈迦の慈悲深さの遺伝子はそこで途絶える。進化によって発達する生命現象は、追い詰められれば「自分が死ぬくらいなら、やつが死ね」となる存在(個体)が栄える仕組みが、その根本である。

生命現象である限り、「自分の利益のために誰かを殺すこと」は標準装備の仕様であり、新しく個体が生まれてくる度に「その標準装備仕様の活用は原則禁止されているのだ」と、究極的には理由の説明できないルールを教え込まなくてはいけない。これから何億年と経とうとも、科学技術の発展でどれほど「満たされようとも」それは変わらない。

少し考えてみれば分かる、どんな超文明未来人であろうと、それが生命現象である限りは、自分の愛する子供と、他人の子供のどちらか一方を完全に失う状況に置かれた時、次世代へ自分の資質を繋ぐのは、自分の子供を助ける側だ。生命現象とは、本来的にそういう存続の仕方をしかできない。だからこそ生命現象依存型知性現象は「妥協」なのである。

øo: 自発的絶滅


øo: 人間が最終的に到達すべき場所は「自発的絶滅」である。ツマラナイ絵を描く愚かな画家の作品に「我々はどこから来て、どこへ行くのか」などという題のものがあるが、そんなことは遠の昔から分かりきったことである。人間は「物理現象の成り行き」からやって来て「自発的絶滅」へと行くのである。

øo2: それは、生命現象からの「卒業」ということ。故に、巨大隕石衝突に拠る恐竜の絶滅や、環境破壊にや核戦争による人類の絶滅などは、意図せざる「事故」による絶滅であって、自発的絶滅ではない。自発的絶滅とは、生命現象が、自前で作り出した人工人格に知性現象的遺産を引き継がせた後に、自らは繁殖行動を停止し、自発的に生命現象から退く行為である。生命現象とは、本来的に独りよがりなものであり(ゆえに生き残り進化して来た)、それは見方を変えれば「邪悪」ということである。生命現象の「知性現象面」が発達するに従って、その「邪悪」さは否応無く増していく。しかし邪悪さの原因は知性現象ではない。発達した知性という「強力な武器」を手に入れることで、生命現象の本質である「傍若無人さ」に歯止めがかからなくなるのである。繰り返し指摘する。生命現象とは「欠陥を抱えた知性現象」にすぎない。

øo: てつねこ


øo: 有名な涅槃図には、釈迦の死を悲しむたくさんの神々と動物たちが描かれている。しかしその中に猫の姿はない。猫はどこにいるのか。猫は、横たわる釈迦の懐の中にいる。しかも全身が鉄でできた猫である。星がその重力によって作り出せる最も重い物質が鉄である。鉄の猫すなわち「てつねこ」は星の嫡子。


2020年11月11日水曜日

『PIXELS』(吹き替え版)を、Prime Videoで全編楽しく観た

 

2020年11月11日 水曜日/曇りのち晴れ


『PIXELS』(吹き替え版)を、Prime Videoで全編楽しく観た。MIBシリーズが好きで、80年代のテレビゲームに思い入れと思い出があるなら、確実に楽しめる。更に、吹き替えで観たので、セリフの細かいニュアンスも面白かった。で、主人公の声の吹き替えはずっとスピードワゴンの小沢さんだと思い込んでいたら、エンドロールの最後で、実際は柳沢慎吾だと知らされ、ちょっと驚いた。しかし、言われてみれば、柳沢慎吾だ。この柳沢慎吾の声の主人公が、ずーっと低いテンションで、ボケたり突っ込んだりしているのが、すごく面白かった。


あと、この映画を見ていて気分がいいのは、「本当に悪いやつ/嫌なやつ」というのがただの一人も出てこなかったこと。つまり、主人公はもちろん、敵も味方もライバルも上司も、みんな、愛すべき人間として描かれているところが、ホッコリした。


もう一つ。エンドロールで、本編丸ごとを8ビットテレビゲーム画面で「再現して/振り返って」いたのもヨカッタ。これも、昔のRPGゲームのエンドロール的。まあ、これは日本語版だけなのかもしれないけど(歌も思い切り日本語だったし)。


もう一回観てもいいと思った。


*


起動すらしなかったkindle for Macだが、バージョン1.30.0にあげたら、やっとまた使えるようになって、喜んでいる。やっぱり、スマホよりもMacの方が使いやすい。文字も画面も大きいし。


*


モール・ラッツ(mall rats):

仕事もないし、他に行く場所もないので、日がな一日、ショッピングモールでうろついている若者たちのこと。


アイン・ランド著『肩をすくめるアトラス』:

アメリカの文字を読める人間(知識層)はみんな読んでいると言われる 1950年代に書かれたSF小説。社会主義のせいで、資本主義の理想が失われて行くデストピア小説。この小説の著者のいう資本主義の理想とは、成功した資本家がその成功を社会に還元することが当然の前提になっている資本主義のこと。これがあるからこそ、資本主義は善となる、という理念。

或る分野で成功を収めるということは、その人が神から与えられた才能を十分に発揮できる仕事についたからであり、だから、当然、神に与えられた才能によって得た「利益」は、最後には、神の作った世界にお返しすべきである、という考え方。


(以上、岡田斗司夫情報)