顔面包帯ぐるぐる巻きで黒い詰襟の死神Bは、包帯の隙間に器用に紙巻タバコを差し込んで火をつけると、大鎌を担いで破れマントでウロウロしている連中とは部署が違うと言った。有名なのは、そして一般的なのは、もっぱら破れマントの方であるから、あちらを仮にAとするならこちらはB。即ち、死神Bというわけだ。
死神Bの仕事は通常想像するような「人間への死の通達」ではない。或る種の「除染」である。「死の通達」を行うのは有名なAの方である。死神Bに拠ると、他の動物と違って人間は死んだ後にオミヤゲを置いていくことがある。オミヤゲとは、人間が言うところの所謂「幽霊」である。これを死神の用語では「生命汚染」と言う。但し「生命を汚染している」という意味ではない。「生命で汚染されている」という意味である。つまり言葉としては「放射能汚染」と同じ構造で、だからそれへの対処は「除染」となるわけである。「生命汚染の除染」が死神Bの仕事である。
アパートの一室に置き去りにされて死んだ子供は、死神Bが手渡した光る環を自分で頭の上に乗せると、空中に浮かんでゆっくり消えた。用水路の浅い水で溺れ死んだ老婆は、死神Bが5合瓶からふりかける光る液体を目を閉じて浴びると、にっこり笑ってそのまま消えた。屋上から何度も飛び降りるピンクのバニーマン(の着ぐるみ)については、死神は本部に連絡をしてそのままにした。
善意ではない。慈善事業でもない。「生命汚染」を放置すると、死神だけが感染する「生命病」が蔓延する。一連の作業はそれを未然に防ぐためのものであり、全く利己的な動機から行われる。死神Bは、包帯でぐるぐる巻きの顔面で器用に珈琲を啜りながらそう説明した。
死神Bの移動は通常、徒歩である。しかし、遠出をする場合にはハイヤーを呼ぶ。いつも同じハイヤーである。自動車は半世紀モノ、運転手は一世紀モノだと言う。死神Bは、百歳王の運転する、最高時速40マイルの国産ビンテージカーの後部座席で、タバコを薫せながら、一般道を行く。
長旅になると、自動車と運転手は定期的に「燃料補給」と「休息」を取る必要があるので、その間はいつもの徒歩で先に進む。死神Bは眠らない。食事も摂らない。「莨と珈琲」が、死神にとっての「二酸化炭素と水」である。ただし、太陽の光は好まない。日光蕁麻疹のような症状が出るのだと言う。
休息を終えたハイヤーが追いついたら、またそれに乗り込む。