2019年3月8日金曜日

現の虚 2014-8-6【職安で幽霊がプリントアウトした求職案内を手に入れる】


職安に並んだ求人端末機。調整中の貼り紙のある一番奥のだけは使用禁止だ。俺は使用禁止端末のすぐ隣の端末を選んだ。タッチパネルを操作して適当に条件を入れていると(本気じゃないから)、隣の使用禁止端末の前に誰かが立った。最初は修理技師かと思ったが違った。ノライヌみたいなニオイがしたし、小さく奇声を発し続けていたからだ。たぶん、役所の依頼で機械の修理に来た技師はノライヌのようなニオイをさせたり、小声で奇声を発したりはしないはずだ。

ところが、修理技師でもない者が使用禁止の壊れた端末の前にいるのに、職安の人間は誰も何も云って来ない。ほったらかしだ。ということは、つまり、隣のノライヌくさいヤツはいつものアレなのだ。

幽霊とか死者の魂とか呼び方はどうでもいいが、そういう存在は町中にゴロゴロいて、珍しくもなんともない。ゴクタマに見かけるとか、そんなレベルじゃ全然ない。インチキ霊能者はやたらモッタイつけるけどあんなのは全部嘘で、実際はカラスやスズメよりも圧倒的に多く目にする。

俺はそのノライヌくさいヤツのほうに顔を向けた。生きてる人間にそんなことはしない。生きている人間をそんなふうに見たら、不気味がられたり殴られたりする。だが連中は違う。そもそも他人の視線を気にするような心があるのかどうかさえアヤシい。

ノライヌくさいソイツは、髪の毛はベタベタで、元の色が分からないコートを重ね着し、それだけは妙に新しい有名スポーツブランドのナイロン製鞄を背負っていた。熱心にタッチパネルを操作しているけど、ナニカを調べていると云うより、タッチパネルの操作自体を楽しんでいるふうだ。

覗くと、端末の画面は真っ暗なままだ。だが、嬉々として画面に見入るソイツの顔には、端末の画面が発しているらしい青白い光が反射していて、ソイツが小さな奇声を発して画面を押すたびに、その反射光が変化する。

そうこうしているうちに、ソイツが操作する端末の上に乗ったプリンターが動きだした。プリントアウトされる紙は本物に見えた。俺はその紙に手を伸ばした。

誤動作ですから、そのままにしておいて下さい。

職安の人間がカウンターの向うから俺に声を掛ける。いつも困ってましてね、と余計な言い訳も付け足す。

俺は、ああ、ええとか適当な返事をしながら、そのままにしておいてくれという職安の人間の言葉に逆らって、幽霊がプリントアウトした紙をこっそり畳んでポケットに入れた。