「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年3月13日水曜日
現の虚 2014-8-7【缶珈琲と煙草が買えないコンビニ客】
レジは必ずふたつ以上あるべきだ。もしそうでなかったら、絶対にそうすべきだ。あれは、客も助かるが、レジの人間がもの凄く助かる。レジがひとつしかない情況でレジ打ちをしたことがある人間なら誰でも実感を持ってそう云える。たとえ店員が一人しかいなくてもレジはふたつ以上あった方がいい。細かく説明はしない。やってみれば分かる。レジはふたつ以上あった方がいい。
そんなことを考えながら、俺は、夜明け前のコンビニ(レジはふたつある)で精算中だ。ギョウザとか冷凍ピザとかビールとか菓子パンとか氷とか、早朝からカゴいっぱいの買い物。品物のバーコードを若い男の店員が読み取っている。隣のレジは空だ。店員はもう一人いるが、パンの棚の前で品出しをしている。
隣の空のレジの前には、実はさっきから客が立っている。背の高い、グレーのスーツの若い男で、缶珈琲を一本レジカウンターに置いて、店員がやって来るのを辛抱強く待っている。俺はソイツに気付いているが、夜勤明けの店員ふたりは気付いていない。気付かないで当然だ。そのグレーのスーツの客は生きた人間ではない。
どうなってんの!
突然辛抱の限界が来たのか、グレーのスーツの客が喚く。喚いても、その声は俺以外には聞こえない。店員のひとりは俺が買った品物を袋に入れている。もうひとりは黙々とパンを並べている。
おい、客がいるんだぞ!
確かに客はいる。俺だ。コンビニの店員達にとって、今この店にいる客は俺だけだ。缶珈琲が欲しくて店員のいないレジ前で喚いてる客など、彼らの世界には存在しない。
あと、煙草。煙草くれよ、その、ソレ!
グレーのスーツの男はレジ奥の棚に並んだ煙草を指さす。どれなのかは分からない。その、ソレではなく番号を云わないと。
男は天を仰いで、誰にともなく訴える。
僕はさあ、徹夜明けに一人寂しく缶珈琲と煙草で一息つきたいだけなのよ……なんでこの店には店員が誰もいないのさ……もしかして、これってナンカの陰謀か……?
そうじゃない。オマエが死んでるからだ。けど、俺にはどうすることも出来ないよ。
俺は支払いを済ませ、レジ袋を提げて店を出る。すると、俺が押し開けた扉を通ってグレーのスーツの男も店を出た。手には缶珈琲も煙草も持っていない。諦めたようだ。
だがコイツは、明日もあさってもそのあとも今と同じ時刻、この店に缶珈琲と煙草を買いに現れる。そしてレジ前で虚しく喚き散し、きっとまた手ぶらで帰るのだ。